第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,230 / 5,444
神は最も苦しむ者たちを最も愛します。招かれざる苦しみは姿を変えた祝福です。喜びも苦しみも、究極的にはともに『無』へと帰するからです。ハンセン病患者たちは絶望して自らの運命を呪ってはならず、その苦しみを神に近づくために神から授けられた機会と見なすべきです。肉体のハンセン病で苦しむ少数の者たちと比べれば、今日の世界には心のハンセン病で苦しむ者が多いのです。
最後にバーバーはこう宣言した。「私は世界のあらゆる種類のハンセン病に苦しむ人々のために、普遍的なアシュラム[修行道場]を開くという自身の計画を持っています。」
1952年12月24日水曜日の朝、バーバーはアムラーオティーから14マイル離れたデーヴァルガーオーンに招かれた。そこで彼はヴィルバン・マハラジというマストに接した。バーバーが彼の脚をさすり始めると、そのマストはバーバーに言った。「なぜ私のためにそれほどのご苦労をなさるのですか? あなた様は世界のために偉大なる御業をなさらねばならぬのに!」
バーバーは答えた。「私は私を愛する者たちのために存在しており、私を愛する者たちこそ、私のグルなのです。」
「あなた様は宇宙の主であられます」とそのマストは言った。「あなた様のご臨在によって、この村は祝福されました。」それからヴィルバン・マハラジはマンダリに向かって、『バガヴァッド・ギーター』からこのシュローカ[詩節]を引用した。「義の炎が衰えるとき、神はアバターとして降臨されます。」
バーバーのご臨在はヴィルバン・マハラジを圧倒し、彼は愛の涙を流した。「メヘル・バーバーこそが真のアバターでいらっしゃる」と彼は述べた。「私はあの方を真のお姿で拝することができるのです。私が生まれてきたことが、ついに実を結びました。」
午後3時半から4時半まで、バーバーはハリジャン[不可触賤民]の集落でダルシャンを与えた。その晩、デーヴァルガーオーンで大規模な野外集会が開かれた。大勢の人々が訪れ、その光景はハミルプルで目にしたものを思い起こさせた。ジャイラム・ブアも自身の帰依者たちを連れて来て、ガデーカルが執り行った導師[マスター]のアールティに加わった。バーバーをアムラーオティーへ送り届けたのはアクバル・アリ・M・アンワラッリで、彼は自分の新しいハドソン車でバーバーを乗せようと、わざわざボンベイからやって来ていた。
計画されていた大衆ダルシャンの予定によれば、アムラーオティーの次の訪問地は60マイル離れたサオネルとナーグプルとなるはずであった。しかし理由を説明することなく、バーバーはそこでのプログラムを延期した。アムラーオティーに近いカランジャーの町に住んでいたエルチの叔父ピルー・ママー・サターがバーバーのダルシャンを受けにアムラーオティーへ来ており、バーバーはマンダリを彼と共にカランジャーへ送った。バーバーはエルチとチャガンを伴い、24日にバドネラ経由でメヘラザードへと発ち、翌朝9時45分に到着した。
