第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,218 / 5,444
キルパル・シンがバーバーと同等の地位に置かれるよう、彼女たちは天幕内の壇上に椅子を二脚並べて置いており、一脚はバーバーのため、もう一脚はその聖者のためのものだった。キシャン・シンとプラカシュワティはもう一脚の椅子を片付けるよう彼女たちを説き伏せようとしたが、女性たちは反対した。ハルジワン・ラルがその聖者に直接話を持ちかけると、聖者はすぐさま承諾し、パンダルに入ってからハルジワン・ラルは、その椅子をより低い位置に置かせた。バーバーはその直後に到着した。
ダルシャンが行われ、バーバーはアルファベット板で「最悪の悪党のほうが偽善的な聖者よりましです。」と綴った。
(バーバーはキルパル・シンのアシュラムで彼に会うと約束しており、のちには弟子たちにも会えるように、定められた時間を十五分延長することまでしていたのだが、結局バーバーはデリー滞在を切り上げ、その聖者のアシュラムを訪れぬまま発ってしまった。キシャン・シンが、バーバーが訪問できなくなったことへの遺憾の意を伝えるためキルパル・シンのもとへ送られたが、その聖者は落胆した。しかし後の出来事の展開からすれば、これがその聖者とメヘル・バーバーとの接触の終わりではなかった。)
三日の夕方午後五時、デリー大学芸術学部の建物で最後のダルシャン集会が開かれた。ホールがまだ満員にならなかったため、バーバーは二十分間、車の中で待たねばならなかった。
彼はカインとデーシュムクに言った。「今は私が人々の来るのを待っているのに、皆来ようとしません。しかし私が去ったら[肉体を脱いだら]、彼らは大勢で泣きながらやって来るでしょう。」
数名の著名な外国人(おそらく外交団の関係者)が聴衆の中に座っていた。バーバーは板にこう示した。
人生の目的は、無限なるものとの一体性を悟ることにあります。これは神への愛を通して達成することができます。神聖な愛は、私たちを自分自身に対しても他者に対しても真実なる者とします。それは、神自身が無限なる誠実そのものであると悟らせ、私たちを誠実に生きさせます。
神聖な愛は、私たちのあらゆる困難に対する解決の道です。それは、あらゆる種類の束縛から私たちを解き放ちます。それは、私たちを真実に語らせ、真実に思考させ、真実に行動させます。それは、私たちに全宇宙と一つであると感じさせます。神聖な愛は、私たちの胸を清め、私たちの存在を栄光あるものとします。私は皆さんに私の愛と祝福を捧げます。
バーバーはもともと四日までデリーに滞在する予定だったが、三日にデリー大学でダルシャンを行った後、考えを変え、夜十時の夜行列車でアフマドナガルへ向けて発つことに決めた。彼はクマールを十四日にクルダバードへ来るよう指示してマンジリ・マフィへ戻らせた。
