第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,216 / 5,444
私たち二人の間に隔たりがあるまま生きるなど、これまで一度として叶ったことはありませんでした。私は妻に、メヘル・バーバーをただ一度だけお会いするようにと申しました。私はあの方に三度お会いしましたが、妻はその後すでに六度もお会いしているのです!いま私は妻に、皆さまの前でメヘル・バーバーに花輪をおかけするようお願いいたします。
ニランジャン・シン夫人がバーバーに花輪をかけると、ホール中に大きな歓声が湧き起こった。彼女に起こったこの思いがけない変化に、誰もが嬉しい驚きを覚えた。彼女は他宗教の経典でさえ読もうとしない人物だった。そうした彼女がメヘル・バーバーを自らの導師として受け入れたのは、まさに尋常ならざることであった。バーバーはあらゆる宗教を超越しており、ニランジャン・シン夫妻はこの点を認めていた。ジャギンダル・シン教授とその夫人もまた、献身を通してバーバーに近づいていった。
あらゆる集会の始まりに先立ち、礼拝に関するメッセージが読み上げられ、そのたびにバーバーは皆に向かって頭を下げた。キャンプ・カレッジでは「神の戦士たち」に関するメッセージが再び読み上げられ、続いて「霊的な自由」に関するバーバーの次のメッセージも伝えられた。
私たちは国家としての自由を獲得しました。今度は霊的な自由を得るよう努めましょう。それと比べれば、他のあらゆる自由は束縛にすぎません。霊的な自由は、欲情、権力欲、貪欲、怒り、憎しみ、嫉妬、卑しい欲望といった束縛によって損なわれます。これらの束縛の牢獄が引き裂かれるとき、無限の力、知恵、平和、愛、そして至福から成る自由の遺産が得られるのです。この自由を得るためには、その源である神を実現しなければなりません。神を実現するためには、その無限なる自身の内に自らを失いながら、神を愛さなければなりません。
私たちは、神との合一を激しく希求することによって神を愛することができます。神の人格的な顕現であるサッドグルに帰依することによって、私たちは神を愛することができます。私たちはまた、同胞を愛することによっても神を愛することができます。すなわち、自らの幸福を犠牲にして彼らに幸福を与え、自らの利益を犠牲にして彼らに奉仕し、虐げられた人々のための無私の奉仕の祭壇に自らの人生を捧げることによってです。そして、これらの通路のいずれかを通じて激しく神を愛するとき、私たちはついに、その方が私たち自身の真の自我であることを知るのです。
人生の目的は、私たち自身の内に在す神を実現することにあります。これは、世俗の務めを果たしながらでも行えるのです。日々の暮らしの歩みの中で、また激しい活動の只中にあっても、私たちは超然たる思いを抱き、自らの行いを愛しき主なる神に捧げるべきです。
人々を「食べ物に心を奪われた者」とするための言葉は、もう十分に語られました。今度は人々を「神に心を向けた者」としなければなりません。
