第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,192 / 5,444
言い換えれば、魂が従属しているかに見える束縛は、その真の本質においては何の束縛でもないことが明らかとなります。それらの束縛は、ただ幻影にすぎぬものとして悟られます。限られた心が消滅した後、魂の無限の意識は、その一切の知識・力・至福とともに、自然法則の結果として身体が陥り得るいかなる弱さや病にも影響されぬまま留まります。
変わることなき絶対の真理を悟った後もなお、通常の意識と身体を保つ完全なる者たちは、すべての二元性を超え、すべての理解を超越した神聖なる愛のうちに永遠に住まいます。彼らはついに創造の最終目的に到達したがゆえに、揺るぎなく侵し難い平安を享受しています。
私は政治とは何の関わりもありません。すべての宗教は私にとって同等であり、すべてのカーストと信条は私にとって愛おしいものです。しかし、私はあらゆる「イズム」や宗教団体や政党が成し遂げようとする多くの善きことを高く評価しますが、それでも私はこれらの「イズム」や宗教・政治の団体のいずれにも属しておらず、また属することもできません。なぜなら絶対の真理は、それらすべてを等しく内包しつつも、それらすべてを超越し、いずれも等しく偽りである個別の区分けの入る余地を残さないからです。すべての生命の一体性は、完全にして分かちえぬものです。この一体性は、考え得るあらゆる思想的差異にもかかわらず、揺るがずまた侵されることもなく留まります。
私は大なる者にも小なる者にも、すべての人にひとしく近づける者です。
高みへ昇る聖者にも、堕ちゆく罪人にも、
神聖なる招きを告げるあらゆる多様なる道を通して。
私が敬慕する聖者にも、
私が味方する罪人にも、ひとしく近づける者であり、
スーフィズム、ヴェーダーンタ、キリスト教、
あるいはゾロアスター教や仏教、その他いかなる種類の「イズム」を通しても、
またいかなる「イズム」の媒介もなく直接にも、ひとしく近づける者なのです!1
私がアメリカにいた時、人々はいつ沈黙を破るのかと尋ねました。それで私は逆に彼らに尋ねました——「私の沈黙が語ることができないのなら、舌でなされる言葉に何の役立つことがありましょうか?私の語りが普く聞かれるであろうと神が思う時、神が私に沈黙を破らせるでしょう。」しかし、沈黙であろうとなかろうと、私が宣言する真理を深く思索する者は、最終的に永遠の生命へと導き入れられるでしょう。
「燃えるような自由な人生」の他の活動と並んで、その人生が私をどこへ導こうとも、必ず変わらぬ一つの特徴があるでしょう。私は、敬慕する聖者たち、崇拝するマストたち、そして全身全霊で献身している貧しい人々に対して、頭を垂れるでしょう。
脚注
- 1.これらの詩句は、その前年の7月にバーバーがニューヨーク・グループとの会合のために口述したものであった。
