第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,183 / 5,444
ナナ・ケールの兄弟であるヴィヌーが、初めてメヘラバードにやって来た。
彼を見るとバーバーはナナにこう述べられた。「なんと美しい魂でしょう! ナナ、あなたの兄弟は実に立派な方で、私はあの方がとても気に入りました。」
バーバーは午後3時40分にホールへ戻り、全員集まるよう求められた。プログラム責任者たちは、それぞれのグループと一緒に座るよう求められた。バーバーは次のように口述を始められた。
私の燃えるような人生は、冗談ではありません。この期間中、私は全宇宙のために働かねばなりません。そして、自分自身を終わらせるか、この宇宙的混乱を終わらせるかを決意しています。それと並行して、大衆ダルシャンのプログラムも行われます。人々がやって来て私に頭を下げても、私は何の楽しみも得ません。むしろ私は、皆さん全員に頭を下げることに喜びを感じます。燃えるような人生は、これらの大衆ダルシャン・プログラムとはまったく異なるものです。これらのプログラムが燃えるような人生における私の仕事を妨げると判断すれば、私はこれらをも取りやめることがあります。
今日の午後、大勢の人が個別面談のために列をなしているのを見て、ダルシャン・プログラムが用意される場所では、このような種類の妨害が大規模に起こるであろうと感じ始めました。それがすべて私への皆さんの愛から出たものであり、ごく自然なことであったことを、私は分かっています。しかし、私の仕事の重要性を知っている方々の間で今日このような妨害が起きているのに、私が皆さんのところへダルシャン・プログラムのために赴くとき、そのような事が起こらないとどうして期待できるでしょうか。
私は綿密な運営に対する絶対的な保証を求めます。誰も私との個人面談を求めてはならないと皆に知らせるのが、プログラムワラ[プログラム責任者]たちの務めとなります。私は永遠に束縛されておりますが、同時に永遠に独立してもいます。物事が私の望むようには進んでいないと感じたその瞬間、私は直ちにその場を立ち去ります。私は全宇宙のために自らを焼き尽くそうとしているのですから、些細な事について耳にすることは望みません。
しかし問題はこうです。皆さん自身の間ですら処理しきれないのに、どうして大衆について保証できるでしょうか。昨日、私の宣言の中で表明した通り、燃えるような人生において私と共に歩む者たちは、あらゆる苦難、精神的な絶望、肉体的な病、攻撃や嘲笑に直面しなければならないと、すでに皆さんに申し上げました。これらはすべて、燃えるような人生における付随的な問題です。それらは私の燃えるような人生を妨げはしませんが、今日私が感じたあの妨害は、燃えるような人生のための私の仕事をきっと妨げるでしょう。
