第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,160 / 5,444
スーフィズムでは、ワリーやクトゥブの数が引用されています。そのようなことを知ることができるのは、クトゥブだけです。今日、私は完全に献身者の状態にあります。ですから、私が口にするのは私が推測することにすぎません。しかし一つだけ確信があります。私の内では、4月の終わりまでには、世界にとっても、あなた方にとっても、そして私にとっても、物事は今のようではなくなる、と100パーセント確信しているのです。それは真の終わりとなります。ですから私は申します、お待ちください、と。お待ちください。神は忍耐ある者を助けます。神は言います。「待ちなさい、私はあなたと出会うであろう。」そして私はこう申します。「時は来ました。4月の末まで忍耐なさってください。」あなた方は長年にわたって私と共に暮らしてこられたので、あなた方もまた、私と同じように考え、感じておられるかもしれない、と私は思います。
サッドグルのダルバール[宮廷]では、歴史は繰り返されます。しかしその妙はこうです——導師たちは忍耐の中にも焦燥の中にも、信仰の中にも疑念の中にも、ひとしく愉しまれるのです。これが彼らのリーラーです。
また、心から熱心に神に会いたいと願っていると思っている者は、決して神に会うことはないと言われます。その通りです。自分の渇望は果てしないものだと思う者もいます。右の言葉を受け入れたとしても、彼らの内には常に何らかのカサル[不足]があると言うことができます。なぜなら、私たち皆の内に等しくいる神は、私たちと出会うことを非常に、非常に切望し、すでにその用意ができているからです。ですから、必要なのは100パーセントの備えです。あなた方が導師たちと触れ合うとき、彼らはこのことが成し遂げられるよう取り計らわれます。このことにすら、ある特定のガディー[瞬間]が定められています。サント・トゥカーラームは、最終的に最も好機となる時は定まっているのだから、焦っても無駄であると述べています。そして私は、私のガディー、すなわち最も好機となる時は4月にあると思っています。ですから、神の恩寵によって私の感じていることが現実となり、4月末が私たち皆にとって真のガディーとなるよう、心から願いましょう。
