第23章: 燃えるような自由な人生
1952年· ババ 58歳ページ 3,134 / 5,444
あいにくその日は装置が正常に作動せず、バーバーは治療を受けないままメヘラザードへ戻らねばならなかった。
13日には、サコリのヤシュワント・ラオがメヘラザードでバーバーと会った。バーバーは彼に大規模ダルシャン巡回について知らせ、11月5日から一か月間、自分とマンダリに合流するよう指示した。
9月15日月曜日、バーバーと女性たちはナリマンの緑色のオールズモビルでプーナへ向かった。アディ・シニアはナジャ、ゴヘル、ドン、クリシュナを自分の車に乗せて運転した。バーバーと女性たちは、カルベ・ロードにあるパタンカル氏所有の「アマル・ジョーティ」と呼ばれる別荘に滞在した。その家はまずエルチが見つけ、その後パパとメヘルワン・ジェサワラが手配したものだった。彼らの食事はビンドラ・ハウスから運ばれてきた。ドンはプーナの軍病院でカピラ博士がバーバーに透熱療法を施すよう手配しており、毎日バーバーをそこへ連れて行った。バーバーは治療のためプーナに二週間滞在した。治療と治療の合間にバーバーは何度かビンドラ・ハウスを訪れ、9月21日の日曜日にはそこでダルシャンのプログラムが催された。およそ500名が出席した。ガデカルが簡単な紹介の言葉を述べた。
バーバーはまた、アディ・シニア、エルチ、ペンドゥと、メヘラバードで開かれる11月の特別集会に招待する者たちの名簿について話し合った。アロバはボンベイから呼び寄せられ、大規模ダルシャン巡回でバーバーに合流するよう告げられた。バーバーは10月1日にメヘラザードへ戻る前に、ババ・ハウスでジャルバイとベヘラムの家族にも会った。
その間にアディ・シニアは、関係者たちがバーバーの「燃えるような自由な人生」において完全な明け渡しを伴って参加する用意があるかどうかを問う回状の手紙を送付していた。回状の文面はこうであった——
神の大義のため、また全きに霊的生活のために、バーバーは、添付された書式に列挙された項目を貴殿が実行できるか否かを知ることを望んでいます。同書式に記入し、署名のうえ、1952年10月1日までに、アフマドナガル、キングス・ロード、アディ・K・イラニ気付でメヘル・バーバー宛に送付してください。
彼らが記入して送り返すべき添付の手紙は次の通りであった——
親愛なるバーバー、
1952年9月1日付の貴信に従い、私は自らの自由意志と責任において、霊的生活のためにのみ、「以下」の一項、または複数項、もしくは全項を疑念なくあなたに捧げることにより、あなたに従うことに同意いたします。
1. 私の金銭 _______________ はい/いいえ
2. 私の財産 _______________ はい/いいえ
3. 私の奉仕 _______________ はい/いいえ
4. 私の生命そのもの _______________ はい/いいえ
上記についての私の所見(あれば) ________________
