第21章: マノナッシュ
1951年· ババ 57歳ページ 3,008 / 5,444
警察長官エス・エヌ・レディはエルチを自宅に招いて茶を勧め、予想外の招待に驚いたエルチはそれを受けた。
彼の邸宅で、レディ警察長官はいったん部屋を出て、古い額入り写真を持って戻ってきた。それは、少年時代のバーバーが高校のクリケットチームと一緒に写っている写真だった。レディは自分もそのチームの一員だったと言い、「学校時代のバーバーを私はいつも覚えている、とバーバーに伝えてください」と言った。必要な書類は速やかに作成され、発送された。それ以後、バーバーと一行はその地域のどの町でも自由に移動できただけでなく、辺鄙な前哨地に至るまで、地元警察には彼らを止めないよう通達されていた。
ミヌー・カラスとダウラト・シングは指示どおりハイデラバードに到着したが、ミヌーは病状がひどく、数日間入院しなければならなかった。健康状態が悪かったため、バーバーは14日に彼をカラチへ帰した。
ペンドゥはコジャグダ丘で必要な手配を終えた。10月10日の朝、バーバーは女性たちを連れて洞窟を見に行った。13日には、ペンドゥ、グスタジ、バイドゥル、ダウラト・シングが、バーバーの到着に先立ってそこへ上り、滞在して洞窟を清掃した。エルチは荷物と五つの宗教模型を載せ、彼らを車で送った。車は丘の頂上近くに停められ、同伴者たちが現場を見に行く間、エルチは車に鍵をかけた。エルチが背を向けると、突然その車が丘を後方へ転がり始めた。エルチはできる限り速く追いかけたが、車は急速に転がり、曲がりくねりながら進み、エルチの言葉では「道にある小さな岩を飛び越えて」いた。エルチは車が大破すると確信し、とりわけ「ディッキー」[トランク] の中にある壊れやすい大理石模型を心配した。
ついに車は泥だらけの水田で止まった。近づいてみると、エルチはフロントガラスが割れた以外、他に損傷がないことを知った。模型は無事だった。車は岩に当たってひどくへこむことも、一方にあった溝へ落ちることも十分ありえた。後にこの出来事がバーバーに語られると、彼はただくすりと笑っただけだった。
1951年10月15日月曜日、ドンの車は花で飾られ、女性たちに別れを告げた後、バーバーは午後2時30分に丘へ向かった。ヴィシュヌ、ニル、そして一人のムスリムの聖職者がバーバーに同行し、ドンが運転した。彼らは半時間後、コジャグダ丘の頂上に着いた。祈りが捧げられた後、ヴィシュヌ、ニル、ドン、その聖職者はハイデラバードへ戻り、エルチ、ペンドゥ、グスタジ、バイドゥル、ダウラト・シングがバーバーとともに丘に残った。夕方、空は暴風雨となって降り注いだ。それは、愛しいお方がマノナシュ [心の消滅] の間に通らねばならない想像を絶する苦しみを思って流す涙のようだった。
