第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,920 / 5,444
その日の朝、会議は10時30分に終わった。クマールにはマンジリ・マフィの財産を売却するようにとの命令が下され、ルストム・ハンソティアにはラトラムの自宅で新生活を送るようにとの伝言が送られた。
キシャン・シン、ハルジワン・ラル、トディ・シン、ワス・デオ・カインは、1950年4月30日(日)正午にマンジリ・マフィで行われたバーバーと男性同伴者たちとの会議に出席するよう呼ばれた。
エリザベスから電報が届くと、バーバーは次のように述べた。
「私は1950年7月には西洋へは参りませんが、1951年7月末までには必ず参ります。」
エルチはデリーから来た人々に新プランについて説明し、彼らは皆ためらうことなく全面的な協力を約束した。バーバーは、金銭、食べ物、衣服を除き、可能なあらゆる援助を提供すべきだと強調した。
「新プランの同伴者たちのために、自分のふところから一パイたりとも使ってはなりません」とバーバーは強調した。
クマールはマンジリ・マフィの財産売却代金の一部である7,000ルピーを、7月末までに支払うと約束した。バーバーはその金をその場で、すぐにでも、その日のうちに欲しがった!そこでハルジワン・ラルは、クマールが7月末までに自分に返済することを条件に、その金額をバーバーに貸すことを承諾した。この7,000ルピーのうち5,000ルピーは、新プランに従い事業のための前払金としてトディ・シンに支払われた。ハルジワン・ラルには、デリーのロータク・ロードの建物の家賃として4,340ルピーが支払われた。
バーバーはキシャン・シン、ハルジワン・ラル、トディ・シン、ワス・デオ・カインとしばらく会い、こう述べた。
「いずれにせよ、新プラン・グループを助けるということに関する限り、あなた方は新生活の中で私と関わりを持つようになりました。しかし、私が呼ばない限り、デリーで私に会おうとしてはなりません。あなた方は新プランの同伴者たちと、お望みの限り何度でも自由に会うことができます。本日より、あなた方四名は新生活に迎え入れられました。」
四人はこの会見を喜び、午後にはデリーへ戻った。
1950年5月1日(月曜日)の早朝、暗闇の中で同伴者たちはいつものように4時に起床した。5時には、白いカフニと緑のターバンを身にまとい、その日の吉祥な行事に向けて準備を整えていた。バーバーは白いカフニをまとい、6時30分に彼らの宿舎へやって来た。針一本落ちる音さえ聞こえそうな静寂の中で、ニルとカカは厳かにバーバーの頭に緑のターバンを巻いた。
