第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,894 / 5,444
16日の朝10時、バーバーはモティチュールから5マイル離れたサート・サローヴァル(七つの湖)へ向かわれた。エルチ、ペンドゥ、バイドゥル、グスタジが随行した。その一帯は、苦行者から成る隠者たちの集落と、ダンディ派とヴィラクタ派として知られる二つの聖者、サドゥ、マハートマの集団に取り囲まれていた。1川岸には多くの小屋や庵があり、川はこれらの魂たちを匿い覆い隠す鬱蒼とした森の中を流れていた。川沿いを進みながら、バーバーは彼らの足に頭を置くことで、これら聖者たち160人と接触された。ある出会いでは、沈黙を守っていた一人のサドゥ、すなわち苦行者が、バーバーと同伴者たちに飲み物としてシャーベットを差し出した。
バーバーが別の庵を訪ねられた時、一人の苦行者が自分の小屋の中で瞑想中であった。バーバーは彼が出てくるのを待つため、木の下にお座りになった。待つあいだ、バーバーは男たちに次のように説明された。
「旧生活の間、私は二つの理由でマスト、聖者、ワリ、サドゥと接触していました。一つは彼らのダルシャンを受けるためであり、もう一つは彼らに関する私の特別なワークのためでした——そしてそのワークについては、私は明かすつもりはありません。なぜならそれは謎だからです。その当時、私は大きく重要なマスト、聖者、ワリたちとの接触の記録を正確につけることに非常にこだわっており、ワークの結果に完全に満足するまで、彼らに何度も繰り返し接触したものでした。
「しかしいま、新生活においては、大きいか小さいかを問わず、マスト、聖者、ワリ、サドゥの間に何の区別もなく、また彼らとの間に行われるべき特別なワークももはや残されていません。私はただ彼らのダルシャンのために赴いており、記録は私個人の満足のためにつけているだけです。とはいえ、強調しておかなければならないのは、このワークは単なる気晴らしではないということです。それは私にとってはっきりとした意味を持ち、その背後に理由があるのです。」
バーバーはその日の午後4時にモティチュールへ戻られた。サート・サローヴァルでワークを終えた後、バーバーは空腹であられたが、サティアパルが時間通りにご飯を用意できていなかった。このことにバーバーは気分を害され、自ら腹を立てたことに対する罰として、同伴者一人ひとりにご自分の耳を引っ張るよう求められた。アロバの体調がすぐれなかったため、バーバーと同伴者たちの食事はサティアパルが作っていた。ムルリは、彼らの荷物を載せた牛車を引いた英国産の雄牛ラジャーの世話をするよう命じられていた。
翌1950年3月17日、バーバーは再びバイドゥル、エルチ、グスタジ、ペンドゥを伴ってサート・サローヴァルへ赴かれ、そこで日暮れ前までに400人のサドゥと聖者に頭を垂れることでワークを完了された。
脚注
- 1.ダンディあるいはダンディンは、手に長い杖(ダンディ)を持つサドゥ、すなわち苦行者の一階級である。この教団は完全な師シャンカラチャリヤ(788–820)の教えに基づいて創設された。ヴィラクタは、シヴァ神の養子ヴィラカに、あるいはブラフマー神の最初の化身ヴィラートに関連する可能性がある。
