第20章: マンジリ・マフィ
1950年· ババ 56歳ページ 2,884 / 5,444
また、皆さんに何の落ち度もないにもかかわらず私が皆さんを私のもとから去らせることになったとしても、皆さんはこのことについて神の前で私に責任を問うてはなりません。ただし後者の場合、皆さんと私との霊的なつながりは保たれており、私は皆さんに明確な指示を与え、皆さんはそれに従わなければなりません。私は、これらの計画に必要な資本を一切渡さぬまま、皆さんを新生活の計画一-B、計画一-C、または計画二の中へ送り込むことすらするかもしれません。皆さんはそれを真心を込めた誠実さでもって遂行しなければなりません。
五、私によって遠ざけられた結果として、皆さんが酒や薬物に溺れるといった誤った道を歩んだり、自殺のような絶望的な行為に及んだり、遅かれ早かれご自身の死につながりかねない何かをしたとしても、神の前で責任を問われるのは皆さん自身ただ一人です。
六、皆さんは、ごくわずかの霊的または物質的な益も、いやいかなる益も決して受けることはないということを、絶対的かつ無条件の確実なこととして受け止めなければなりません。むしろ、皆さんはあらゆる種類の落胆と逆境に備えていなければなりません。
七、私は徒歩で各地を巡り歩くこともあれば、ある場所に無期限にとどまることもあるでしょう。私がどこへ行こうとも、どこにとどまろうとも、別の指示がない限り、皆さんは私と共にいるべきです。
八、この新生活において、皆さんは、私が皆さんの機嫌を取ったり、皆さんの弱さに対して何らかの譲歩を行ったりすることを期待してはなりません。むしろ、皆さんが私の機嫌を取ることが求められているのです。
九、皆さんは、私が皆さんの上にナザル[眼差し]を注ぐとか、奇跡を行うとか、病気・危険・投獄・死、あるいはいかなる種類の困難や災難からも皆さんを守り、または救うために私の霊的な鍵を用いるなどと期待してはなりません。実のところ、私はまったくもって無防備なものとなり、自分自身をすら助けられなくなるかもしれません。
十、皆さんは私をアバター、神、悪魔、あるいは皆さんが信じたいと望む何ものでも誰でも信じてくださって構いません。しかしながら、私が兄弟や友人であるかのように皆さんの中に共に暮らすことになったとしても、私は実際には皆さんの導師であり、皆さんが絶対的に従わなければならない存在であるということを、皆さんは理解しなければなりません。
十一、私はいついかなる時にも、皆さんに対していかなる命令でも下すことがあり、皆さんはそれに従わなければなりません。ただし、そのような命令は「霊的な種類のもの」(たとえば瞑想など)ではありません。皆さんは私からいわゆる霊的な指示を期待してはなりません。皆さんは私が下すいかなる命令にも従わなければならず、私が皆さんに——善きことであれ悪しきことであれ——何でも命じることがありうるのだということを、皆さんは理解しなければなりません。
