第19章: 新しい人生
1949年· ババ 55歳ページ 2,808 / 5,444
この計算によって、乞食などの平凡で普通の生活と並んで、皆さんが異常で並はずれた出来事にもできる限り容易に立ち向かえるよう、すべてを調整する必要を私は感じています。私の心に描いている絵が形を成すなら、1950年4月以降、皆さん全員にとって異常で並はずれた出来事は日常茶飯となるでしょう。
私たちはハリドワールに二、三ヶ月留まると言いましたが、それは終始そこに留まるという意味ではありません。私は女性たちがそこに留まれるように手配するかもしれず、私たちはおそらく行き来を繰り返すことになるでしょう。それが今、私の心の眼前にある漠然とした絵です。私が言えるのはこれだけです。私たちがハリドワールを発った後、私たちにとっての生は、真の意味での生となります。
これらすべてを思って、私は12月10日にベナレスを発つ前に、私たちは25日間ベナレスに滞在できるようにすべきだと感じています。それが昨夜私がしていた計算です。1月1日以降は、どこに滞在するにせよ、それは訓練目的のためではなくなります。これらすべてには計算と調整が必要で、私たちがその場所を発つ前にベナレスで徹底的に行わねばなりません。これに関連して、私はおそらくドンに、地図を確保または調査するためにデーラードゥーンまたはデリーへ先に行ってもらい、女性たちのために必要ないくつかの物を持ってきてもらわねばならないかもしれません。
そのため準備担当者たちにはベナレスに25日間滞在することが伝えられ、サダシヴ・パティルにはベナレス・カントンメントの駅長気付で次の電報が送られた。
我々は11月12日にベルガウムを発ち、15日早朝ムガル・サライに到着し、11月15日より25日間ベナレスのバンガローに滞在する。600ルピーで25日分の食事を手配されたし。即刻電報にて返信されたし。
― ウィリアム・ドンキン
午後の茶のあと、バーバーはドンに地図を調べさせ、ベナレスからハリドワールまで徒歩で行ける最も近く便利な経路を知らせるよう頼んだ。
それからバーバーは男性たちに説明した。「四人の女性たちは条件とは何の関わりもありません。彼女たちのことはすべて私が決めます。しかし彼女たちは最後まで私たちと共にいるのですから、私は彼女たちに条件を説明し続けています。
「私の誓いはあまりにも撤回不能なので、1月1日からは皆さんの中の誰一人として私と共に留まることはないでしょう。それが私が見通していることです。
