第19章: 新しい人生
1949年· ババ 55歳ページ 2,802 / 5,444
これが最後の説明です。11月20日にこの地を発つまでは、この種の話はもうしません。
それからバーバーは、男たちの小屋を掃除するグスタジに加わった。グスタジは、一日に何度か掃き掃除をして、そこを清潔に保たねばならなかった。ベルガウムに到着して以来、バーバーはすぐに掃き掃除をし、鍋を洗い、台所で手伝い、頭に荷物を載せて運ぶ労働者のように働き、皆それぞれの雑事に手を貸し始めた。これに加えて、バーバーがドーラクを叩き、アディがハーモニウムを弾きながら歌い、ニルがフィンガーシンバルで加わるという音楽の催しが毎日行われた。
午後のお茶のあと、バーバーは、訓練の期間が互いの助け合いにかかっているという事実に、再び注意を向けさせた。
「私はあなた方を助けようと努めてきましたから、あなた方もまた私を助けてくださらねばなりません。だからこそ、私が怒り始めるのが見えたらすぐに私に思い起こさせてくださいと申し上げたのです。私が命令を下した時には、たとえ私自身の身体に関わることであっても、何であれ進んでためらわず行ってくださることこそが、私への最大の助けとなります。
「例えば、私が誰かの足に頭を置いたとしたら、その人は進んでそれを許さねばなりません。私が誰かに私を蹴れと命じたら、その人は少しも気に病むことなくそうしなければなりません。これこそが、私が申し上げる、あなた方の私への助けの意味するところなのです。」
それに先立つ1949年9月初め、バーバーはケキ・デサイに、デヘラドゥン、ルールキー、ハリドワール、あるいはリシケシのいずれかの近くに本部として適した場所を探すよう指示しており、その場所には小さな家と井戸があり、主要な町から約5マイルから6マイル離れていなければならないと具体的に告げていた。ケキは、すでにそこに知人が数人いるので、デヘラドゥン近郊の場所を選んでもよいか尋ね、バーバーは同意した。ケキは、妻のドゥンにさえこの仕事のことを話さぬよう、注意を受けていた。彼はケキ・ナラワラの助けを借りることは許されたが、これから数か月のうちにバーバーが北インドに腰を落ち着けるつもりだということは、ナラワラの家族にさえ知らせてはならなかった。
ケキ・デサイはデヘラドゥンに戻り、バラクラムという友人に連絡を取って、バーバーの名は出さずに、土地探しを手伝ってほしいと頼んだ。彼らはナラワラとともにトンガに乗って、いくつかの候補地を見に出かけた。人口の少ない田園地帯を通り抜け、彼らはマンジリ・マフィという村にたどり着いた。そこにバラクラムは、力を貸してくれそうな知り合いがいた。
