第18章: 最後のマストワーク:雷鳴への序曲
1948年· ババ 54歳ページ 2,615 / 5,444
一人はすぐに送り返されたが、もう一人は数日間留め置かれた。バーバーは彼の髭を剃り、沐浴させ、食べ物を与え、服を着せ、朝に一時間、毎夕に数分ずつ彼と作業した。彼は2月3日に送り返された。
1948年1月30日金曜日、アフマドナガルの道を歩いていた一人の狂人がピンパルガオンへ連れて来られた。彼を連れて来た人は彼をマストだと思っていたが、バーバーは、彼はただ狂っているだけだと示した。彼には虱がいっぱいだったので、バーバーは彼の頭を剃り、沐浴させ、新しい服を着せた。食べ物を与えた後、バーバーはその日のうちに彼をアフマドナガルへ送り返した。1
1月30日の朝、バーバーは「今日、とても重要な出来事が起こります」と述べられていたが、その日がいつも通りに過ぎていくと、皆その言葉を忘れてしまった。
しかし、その夜、確かに何かが起こった……
アディ・シニアが、若い助手ワマンを伴って、思いがけずピンパルガオンに到着した。アディは毎日午後に来るものだったが、これほど遅いことは一度もなかった。カカ、バイドゥル、ドン、ヴィシュヌは彼の突然の出現に驚き、カカがバーバーに知らせに行った。バーバーは、今はクリシュナの代わりに夜番をしていたチャガンと共に、ギャラの小屋からアシュラムへ来た。アディは、マハトマ・ガンディーが午後5時17分に暗殺されたことをバーバーに知らせた。
バーバーはすぐにボードでこう口述された。「犠牲と無私の奉仕に満ちたガンディーの政治生活全体は、最後の最後まで見たいと渇望していた神への愛のためでした!」
エリザベスの犬ファウンディーは、サタラで病気になっていた。バーバーはエリザベスが泣いているのを見て、その理由を尋ねた。彼女は「ファウンディーが死にかけています」と答えた。
バーバーは「その犬はマハトマ・ガンディーより長く生きます」と言われていた。
バーバーの言葉どおり、ファウンディーはガンディーが撃たれた後もさらに六か月生きた。2
マハトマ・ガンディーとチャンジの間では多くの書簡が交わされており、チャンジはデーシュムク博士と共に何度もガンディーに会っていた。ガンディーはバーバーに三度会っていた。一度目は1931年のラージプターナ号で、二度目はロンドンで、その後はボンベイであった。バーバーは彼についてよく語り、国家への彼の献身を愛し、高く評価し、称賛していた。
マハトマ・ガンディーは、政治の領域で自らの仕事を成し遂げるためのメヘル・バーバーの媒体であったと言っても、間違いではないだろう。ガンディーの努力によって、インドは英国から独立を勝ち取ったからである。このことこそ、ガンディーが神を愛する者であり、インドが解放された後にバーバーに合流すると約束してさえいたにもかかわらず、最後まで政治の中に留まっていた理由に違いない。
脚注
- 1.数週間後の1948年2月、バーバーはユーモアを込めてこう述べられた。「飼いならされた雌牛、飼いならされた犬、飼いならされた驢馬は、役に立たないばかりか危険でもある狂人より有用です。前者は進化において非常に低い段階にあり、後者は人間として完全に進化しているにもかかわらずです。」
- 2.また、マンダリは、六か月前にサタラでバーバーがエルチに、1948年2月は多事な月になるだろうと述べたことも思い出した。
