第18章: 最後のマストワーク:雷鳴への序曲
1947年· ババ 53歳ページ 2,585 / 5,444
彼らは28歳の息子コヒヤルと、22歳のその妻ラティを連れてきた。サタラワラ一家は全員がバーバーに帰依するようになった。
一週間後の8月1日金曜日、バーバーは断食を解いた。二日後、アリ・シャーは再びサタラへ呼び戻され、バーバーは9日まで6日間にわたって彼とワークを行った。
アリ・シャーとのこの段階のワーク中、バーバーはエルチを呼び、壁にこう書くように頼んだ。「[1948年]2月は波乱に富んだ月となる」しかしバーバーは何が起こるのかを説明しなかった。
1947年8月9日土曜日、バーバーはエルチとジャルバイを伴い、アディ・シニアの運転するシボレーに乗ってサタラを発ち、プーナへ向かった。バーバーはビンドラ・ハウスで食事をとり、ババ・ハウスで就寝し、エルチがその近くで見張りに立った。彼は寝つきが悪く、午前3時に目を覚まし、エルチと共にビンドラ・ハウスまで歩き、そこで身を洗い朝食をとった。道々、バーバーは子供時代の場所をエルチに指し示しながら回想にふけった。例えば、水牛の群れに踏みつぶされそうになった父の茶店近くの場所、コスモポリタン・クラブのあった所、それからババジャンと共に座った場所などである。
その日はコルダド・サル(ゾロアスターの誕生日)であり、メヘルジー、ナリマン、ガニー、ガニーの娘婿、ヴィシュヌ、それからヴィシュヌのいとこスシラがみなビンドラ・ハウスでバーバーに会った。バイドゥルはアリ・シャーをメヘラバードへ送り届けた後、その日プーナで彼らと合流した。そこからバーバーは非常に過酷な5日間のマスト旅行に出発し、マストワークのためサンガムネール、コパルガオン、アウランガバード、イエオラ、ジャルナ、ハイデラバード、ショラプル、バルシをはじめとする諸都市を訪れた——その大半は土砂降りの雨の中であった。
彼らがアウランガバードに到着したのは10日の真夜中になってからであった。バーバーはアディ・シニアの姉妹ピロジャと、その夫クリシュナ・V・ラナデ博士の家で就寝した。グルマイも来ていた。翌朝から、バーバーは部分的な断食を始めた——午前6時に紅茶一杯を口にし、その後は午後6時まで水も食物も口にしないというものであり、しかも日中はマストを探して絶えず移動し続けていた。
この時期はまた、来るべき分離独立に関連して国内が非常に緊迫した政治的危機にあった頃でもあった。8月11日、アウランガバードにおいて、国中に急速に広がる不穏な情勢を見て、バーバーは次のメッセージを口述し、アディにこれを印刷して自身の追随者たちに送るように指示した。
メヘル・バーバーは、カーストや信条のいかんを問わず、すべての弟子と帰依者に対し、彼らがインド、パキスタン、あるいは[諸藩]州のいずれであれ、すでに定住している地にとどまり、そこで働き、そこに暮らし続けることを望み、そして彼ら全員に対し、自らが属する政府に忠実で誠実な市民であり続けるよう強く勧めます。
