1947年のバーバーの指示に従い、沈黙の22周年が世界中の愛者たちによって24時間の断食で記念された。彼らは7月10日の午前7時から11日の午前7時まで断食し、その間に紅茶を2回だけ取り、その日は一層深く師を思い出した。しかし、おそらく最も強烈にバーバーを思い出していたのはラムジューであった。彼にとって一食抜くことさえ難しく、ましてや丸一日の断食など、サターラーでの沈黙の日には非常に動揺していた。11日の朝、彼は午前6時半にはすでに皿を手に持って立ち、一分一分を数えていた。そして7時、口に最初の一口を入れる前に、ラムジューはバーバーに祈った。「二度と私たちに断食させないでください。」
ノリーナとエリザベスは1947年7月12日、TWA便でアメリカからボンベイに到着した。エリザベスは犬のファウンディをインドに連れ帰っていた。また、彼女はバーバー用に2台のアメリカ製デソートを購入し、船便で送っていた。アディとペンドゥは1947年7月13日に2人の女性をサターラーまで車で送り、その日の午後に到着した。彼女たちはバーバーとわずか2分間だけ会うことを許された。バーバーは彼女たちを「ジャル・ヴィラ」という別のバンガローに滞在させた。ゴーヘルは彼女たちと一緒にいるよう言われた。来る前、ノリーナは心臓の状態が深刻で、実際、彼女の医師はインドへの渡航を勧めていなかった。
カカが彼女たちのために特別な食事を作り、夕方にはバーバーに会うことを許されたが、やはり短時間だけだった。ノリーナはこれを悲しく思った。過去6年間バーバーと離れていたからである。両方の女性は以前アシュラムでバーバーと親密だったが、今やバーバーは彼女たちを遠ざけていた。さらに、ノリーナの(公開講演中に与えられた)バーバーからの「思考伝達」はしばらく前に終わっており、彼女は落ち込んでいた。ノリーナは不安に思った。「バーバーの近くにいるのに、遠くに置かれている。おそらく西洋から持ってきた心配事やトラブルのせいで、バーバーは私たちを霊的な隔離状態に置いているのではないか!」
しかし、『歳月』が説明するように、「ノリーナは、自分を遠ざけることで、バーバーが彼女をより近くに引き寄せていることを知らなかった。別離なくして合一はなく、この時バーバーはノリーナに、彼の近くにいながら別離の苦しみを経験させたのである。
