第17章: 会合とダルシャン
1947年· ババ 53歳ページ 2,570 / 5,444
のちに1947年4月4日聖金曜日の午後、バーバーは何人かの献身者たちの家を訪問した。ハリジャンたちはインドの上位支配カーストによって何世紀もの間苦しめられてきており、バーバーはハリジャンたちと労働者たちの集団に次のメッセージを与えた。
今日、生まれや職業が人と人との何らかの違いの根拠であると必然的に信じることは、過去に生きることに固執し、現在に対しては死んでいることに他なりません。心と身体の清浄、すなわち実践的な霊性は、特定の階級や信条の専有物であったことは決してなく、また決してそうなることもありません。それは誰もが志すべきものであり、男であれ女であれ、誰もが得ることのできるものです。
状況から押し寄せる激しい反発に直面しながらこの清浄さを保とうとすれば、苦しみを伴います。この地球上のいかなる国や民族の霊的地位も、その苦難に耐えうる潜在力に正比例します。苦難は分別あるものでなければならず、また広く及ぶものでなければなりません。ある国や民族が霊的な視座と生活を発展させるとき、その苦難に耐えうる潜在力もおのずと高まります。インドは本来、霊性の国土です。しかし表面的な相違が、しばらくの間、その究極の運命を曇らせてきたのです。
利己心に人口を掛け合わせれば、戦争、搾取、迫害、貧困という結果がもたらされます。無私に人口を掛け合わせれば、平和と豊穣がもたらされます。政治、経済、物質主義、共同体主義、民族主義、社会主義の装いをまとって今日の世界を徘徊している現代のあらゆる流行は、利己心か無私かという基準によって判断されなければなりません。
宗教的に抑圧されているにせよ政治的に弾圧されているにせよ、経済的に搾取されているにせよ産業的に酷使されているにせよ、その結果として生じる苦しみが、あなた方の霊的主張と地位を決めるものとなるべきです。人間が作り出した差異は、人間が作るその他のすべてのものと同様に、時代の移り変わりとともにあっという間に変化していきます。偉大な転換が間近に迫っています。権利は回復されなければならず、また回復されるでしょう。しかし責任もまた担われなければなりません。
人間であることはまことに偉大ですが、互いに人間らしく接することは遥かに偉大です。
出自の標識や信条の表に関わりなく、いかなる原因であれ、自らが抑圧され、落胆させられ、押しつぶされていると感じるすべての人々に、私の祝福を捧げます!
その日の午後、複数の親しい者たちの家を訪ねた後、バーバーはサンパット・アイヤンガーの娘ラクシュミが運営する、いわゆる「堕ちた」女性たちや虐待を受けた女性・少女たちのための施設へ出向き、そこでラクシュミは金糸の刺繍を施した豪華な花輪二つをバーバーの首にかけた。その後バーバーはまた別の家庭訪問でムダリアル家へ向かい、そこで彼のためのアーラティが執り行われた。続いて、聖ティヤーガラージャの生涯を題材にしたテルグ語映画が上映されているサン劇場へと足を運んだ。1バーバーはしばらく滞在した後、メヘル・バヴァンへ戻った。
脚注
- 1.ティヤーガラージャ(1767–1847)はインド古典カルナティック音楽の最も偉大な作曲家の一人である。彼は生涯をラーマ神を讃える歌を作曲することに捧げた。
