第16章: 戦時中のマストへの旅
1943年· ババ 49歳ページ 2,317 / 5,444
翌日、男たちは皆それぞれの居場所へと去り、バーバーは彼らを通して霊的な働きを始めた。皆の心は神聖な愛しいお方に向けられ、彼らは導師からの指示を待っていた。
1943年1月7日木曜日、バーバーはパパとガイマイ・ジェサワラとその家族をプネーへ送り出し、こう告げた。「あなたがたは今行きなさい。しかし私はまたあなたがたを呼び戻します。」
サルワルとナグも教育のため、彼らとともに送られた。それからバーバーは上メヘラバードで再び隠棲に入った。ヴィシュヌが赤痢を患っていたため、ニルがバーバーの身の回りの仕事に当たり、アディ・シニアがアフマドナガルから持ってくる郵便物を、一日に一、二度丘の上まで運んだ。
バーバーの弟ベヘラムは、ジェサワラ家のためにプネーのビンドラ・ハウスを借りていた。彼らはそこへ移ったが、バーバーがすぐにも呼んでくれるだろうと考え、長らく荷をほどこうとしなかった。バーバーはついぞ彼らをアシュラムに住まわせるために呼び戻すことはなかったが、そう告げることによって彼らの内に世俗を捨てる気持ちを呼び起こしたのであった。そうして彼らは世間から離脱したかのように感じ、彼の呼び出しを切に待っていた。彼らを遠ざけておくことで、バーバーはかえって彼らを自身のもとに引き寄せていた。彼に加わるという思い以外には、何の思いも望みもなかった。彼らの生活は、バーバーが呼びにやる日を待つことを中心に営まれており、その不安と希望のうちに、バーバーは彼らに内なる安定を教えた。
バーバーの母メモは、ガイマイがプネーに住むようになって大変喜んだ。彼女はガイマイをとても愛しており、よくビンドラ・ハウスを訪ねていた。実際、バーバーはガイマイに、彼女が一時的にプネーに留まることを望んだ理由の一つは、メモがそこでひどく寂しがっていたからだと説明していた。
高齢のウダルマン・マスタンは、重い赤痢を患って倒れた。8日、バーバーはチャガンとともに彼を故郷の村カトゴーダムへ送り返すことに決めた。しかしそのマストはあまりにも重病で、道中で亡くなり、チャガンは彼を埋葬したのちメヘラバードへ戻った。
マハトマ・ガンディーは英国政府に反対する運動を始めており、戦争遂行において当局に対する市民的不服従と非協力を積極的に主張していた。その結果、彼は1942年8月に逮捕され、戦争の期間を通じてプネーのアーガー・カーン宮殿に収監された。
ヌセルワン・サタとカカ・チンチョルカルもガンディーと関わりがあり、同じく11月に逮捕されていた。彼らは反政府の抗議や活動のために獄中にあったため、招かれてはいたものの、メヘラバードの集会に出席することができなかった。
