第16章: 戦時中のマストへの旅
1942年· ババ 48歳ページ 2,272 / 5,444
彼は日本の敗北後、独立に相当するものを提案することで、国を防衛するための即時の協力を取り付けようとした。しかしその提案はガンディーの非暴力の概念に合わず、その申し出は拒絶された。
この一切の状況を綿密に注視していたバーバーは、23日にデリーに到着したクリップスと会う前に、全インド国民会議の指導者たちに自分のメッセージを読んでもらうことを切に望んだ。そこでデリーの夏の酷暑のなか、チャンジとジャルは一週間にわたり、ガンディー、ジンナー、ネルー、ラージャジー、そしてスタッフォード・クリップス本人など、約30名の著名な指導者たちを直接訪ね歩いた。彼らはメヘル・バーバーの四つのメッセージの印刷物をそれぞれの人物に手渡した。
チャンジとジャルは3月30日の朝、デラドゥンへ戻った。この重大な時期、政治家たちのびっしり詰まった日程にもかかわらず、バーバーが望んだ通りすべての指導者と接触できたという「幸運」についての二人の報告を聞き、バーバーは微笑みながら言った。
インドの未来が議論され、決定されつつあるこの重要な時期に、私はあなた方お二人を通じて、その議論に加わっている指導者たちと接触しなければなりませんでした。それはすべて神の計画に従ったものでした。彼らはこれから、神が与える思いと智慧に従って決定を下すでしょう。神の計画は常に最善のためであり、時には物事が誤った方向に進んでいるように見えても、実際にはそうではありません。
一方、この時期にバーバーはパンクラジをナーグプルからデラドゥンへ呼び寄せていた。
彼は1942年3月25日に到着し、バーバーは彼に「何を望みますか?」と尋ねた。
「私はいつもあなたと共にいたいのです」と、彼は心からそう言った。
「私と共にいることは極めて困難です。それは完全な自己放棄を意味します。そのための覚悟はおありですか?」
「私はただその目的のためだけに参りました」と、パンクラジは答えた。
彼を諭しつつ、バーバーは犠牲の意味を説き、こう言った。「よく考えて、明日その答えを私にください。」
深く考えた末、翌日パンクラジはバーバーに断言した。「私はあなたに自分自身を委ねる用意ができています。あなたは私の導師であり、私の胸の唯一の愛しいお方です。」
「私はとても嬉しく思います」と、バーバーは述べた。「あなたは正しい決断をなさいました。それではナーグプルへ戻り、仕事を見つけてください。たとえ月給がわずか10ルピーの仕事であっても、それを受け入れてください。」
パンクラジは自分の耳を疑いながら、バーバーをじっと見つめた。
バーバーは説明した。「あなたは私に自己を委ねたのですから、もはやあなた自身の願いが入り込む余地はありません。
