第15章: 隠遁
1941年· ババ 47歳ページ 2,207 / 5,444
人々は日本よりも、むしろドイツとイタリアを好むでしょう。日本は蛇のようです!もしインドに団結があれば、すべての政党が日本を憎んでいるので、インド単独でも日本を打ち砕くことができたでしょう。日本への憎しみについては、インドは一致団結しています。
インドは爆撃されるでしょう — 一発ではなく、数百万発によって!少なくとも、海外へ赴く軍隊は素晴らしい犬たち〔ファウンディのような〕を残して行きます!」
チャンジは3月22日、バーバーに会うためクエッタへ到着し、グジャラート語の新聞に掲載されていた、バーバーに対する最近の批判的な記事を幾つか見せた(おそらくイラニ大佐と、バンガロールの弁護士ヴェンカタパタイヤが書いたものと思われる)。バーバーはチャンジに、その扇動的な記事を無視して沈黙を保つよう指示した。その直後、チャンジはピラマイと共にカラチへ派遣され、ノリナとデーシュムクがそこで公開講演を行えるよう手配することになった。彼はすでにバーバーに会うために1,200マイルを旅してきたばかりだったが、面会後ほとんど休む暇もなく、その日のうちにさらに700マイルの旅を求められた。
バーバーは1日に何度もチャッティ・ババと作業していた。一方、バイドゥルとルシ・ポップはどれほど努力しても、マストを一人もバーバーのバンガローへ連れて来ることができなかった。そこでバーバー自らが出向いて彼らに接触せねばならず、街頭や粗末な小屋にいるマストたちを、その場で入浴させ、衣服を着せ、食事を与えるのであった。
25日、バイドゥルがクエッタにいるあるマストを説き伏せて、バーバーに会いに連れて行こうとしていたとき、そのマストが突然口走った。「私は行かない!…私の舟はあの大海に沈められてしまう!」このマストはクエッタの霊的責任者ナディル・アリ・シャーで、最も寒い冬でも屋外のテントで暮らしていた。バーバーは彼に直接会うことはせず、車で彼のテントの周りを回った。
バーバーは25日、男性マンダリと女性マンダリのそれぞれと別々に集会を開き、できるだけ早くクエッタを離れることが決まった。その頃には、寒冷な気候のせいで女性の半数が病気になっており、バンガローもこれほど大人数の一行を収容するには狭すぎた。カラチにいるチャンジには、そこで適切な宿泊先を探すよう電報が送られた。数日後、チャンジはそのような場所を見つけられなかった旨をバーバーに伝えた。ピラマイはバーバーに会い、彼を自分の近くに迎えることを切望していた。一行の宿泊場所が見つからなかったことに、彼女はひどく落胆した。バーバーは4月1日に彼女へ電報を送ってクエッタへ呼び寄せ、彼女は1日そこに滞在した。
