第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,132 / 5,444
私を思えば、これらの指示は守りやすくなります。ヨーガとは抑制を意味し、それは腕を切り落とし、眼を失うことよりも困難なものです!キリストが、もう一方の頬も差し出して打たれよと言われたとき、それは抑制を意味していたのです。しかし世間は、頬を打たれても気を昂ぶらせなければ、その人を臆病者か恥知らずだと考えるのです。純粋で公平な批評は人を傷つけず、よいものですが、それはきわめて稀です。私が言う「他人を悪く言うこと」とは、批評が相手を傷つける場合のことです。気を昂ぶらせ、怒りから批評するとき、それは傷つけるのです。愛と優しさをもって批評するならば、どうして傷つけられましょうか?
ゴータマ・ブッダは自身のサークルの成員に十二の指示を与えましたが、その第一は女性を見ることを慎むようにというものでした。彼はお弟子達の誰一人として、わずかにでも欲情に呑まれる危険を冒すことなく、いかなる女性をも見ないことによって守られるよう意図されました。これがお弟子達に一つの弱点 — 女性と共にいるとき常に緊張するという弱点 — を生むことを彼はご存じでしたが、ブッダはこの弱点のほうが危険よりはましだと知っておられたのです。
人を傷つけない発言や批評はすべて良いものです。ふざけたり、冗談を言ったり、ユーモアを言ってもよいですが、誰も傷つけてはなりませんし、口答えをしてもなりません。憎しみや敵意の感情なしに、愛をもって他人の短所を指摘するのであれば、それは構いません。愛をもって議論することさえ許されます。私を助けるために最善を尽くしてください。それは私の願いに従って行動することによってできます。他人を傷つけるという、あなた方の甘やかな習慣を犠牲にしてください。欲情、怒り、貪欲を克服するために戦ってください。抑制するとは、これまで習慣としてきたことを行わないということです。
私の仕事は私自身の至高の犠牲に基づいているのですから、あなた方のこれらの犠牲はそれを容易にしてくれるでしょう。一度失敗しても、諦めずにもう一度試みてください。一度でも成功すれば、あなた方は大いに私を助けたことになります。九度失敗して一度勝てたとしても、それもまた助けになります。人は暑さを感じたり、熱があったり、空腹であったり、病気であったりすると、気が昂ぶり怒り出します。歯痛があれば、そうでないときよりも何かに気が昂ぶりやすくなります。歯痛に比べれば、欲情、怒り、貪欲は最も恐ろしい病気です。それらから自らを解き放つよう努めてください。
