第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,125 / 5,444
モハメドが自分のディーシュを見つけて眺めるという習性は、そうして没頭していること自体が彼にとって一種の安らぎとなっているのです。あなた方は、彼が土をいじっていて雨風にさらされていると思います。彼の健康を守るという最善の動機から、あなた方は彼を中へ連れ込もうとします。彼が抵抗すると、あなた方は無理やりに彼を引き出し、彼が今いる霊的境地の高次の意識を通してその特定の対象の中に見ているものとの繋がりを断ち切ろうとするのです。そうすると何が起こるでしょうか。あなた方が彼を引き離そうとしていると気づいた途端、彼は乱され、そこに留まるべきか、こちらにいるべきかを決めかねます。すなわち、彼が眺めているものを通して意識が連れて行ったより高い境地に留まるべきか、それともこの地上の境地にディーシュを残してあなた方が呼ぶ場所へ行くべきかを。
これは冗談ではありません。高次と低次の意識の境地という、互いに異なり相反する二つの状態を調和させることは、モハメドにとって絶え間ない拷問なのです。もしこの拷問や興奮の苦しみの中で、彼が自らの法悦を享受している最中に妨げられたとして誰かを罵り呪うようなことがあれば、その呪われた者はこの一生を台無しにされてしまうでしょう。ただひとえに私のおかげで、彼はそうすることができず、あなた方は彼の怒りから免れているのです。だからこそ私は、あなた方にマストたちに対して常に非常に寛容で寛大であるように、また雨風や不潔さなどから守るというあなた方の務めの一つでもある最善の動機があったとしても、彼らがどうしてもと言うのなら決して妨げないようにと、絶えず申し上げてきたのです。
彼らを扱う最良の方法は、愛と穏やかな説得という方法です。それで成功しないのであれば、ほかの何をもってしても成功しないでしょう。たとえ彼らが私の故にあなた方を傷つけることができないとしても、強制や力を用いるのはなおさら悪いことです。それは彼らに跳ね返って彼らを苦しめるのであり、私はそれを望んでいません。なぜなら私は、それが彼らにとってどれほどの拷問であり、彼らがいかに苦しむかを知っているからです。
それは双方に対する拷問なのです。第一に、マストたちは自分が住み慣れた場所での自分の環境と自由を奪われることで苦しみます。私たちが彼らに与えるあらゆる他の自由や、最善の世話をもってしても、このように閉じ込められていること自体が苦しみなのです。第二に、マストたちは法悦の享受から邪魔され引き出されるたびに苦しみます。
