第15章: 隠遁
1940年· ババ 46歳ページ 2,101 / 5,444
26日早朝、バーバーと女性たちは茶も飲まずにサカルパを発ち、車でチプルンへ向かった。そこではカレママの親戚が自宅に朝食を用意していた。軽い食事を済ませると彼らは出発し、夕方六時にマハーバレーシュワルに到着して、グランヴィル・ホテルにチェックインした。翌日、バーバーは彼らをウィルソン・ポイントとボンベイ・ポイント、そしてアーサーズ・シートの高い展望地点へ連れて行った。
1940年4月28日、日曜日の朝、彼らはパンチガニーへ向けて出発した。そこで彼らはブエナ・ビスタ・ホテルに滞在した。午後四時、女性たちはバーバーと共にタイガー・バレーにある彼の洞窟まで歩いて行き、洞窟の中で彼と数分間共に座った。
サヴァク・コトワルとその家族はバーバーの命によりパンチガニーに留まっていたが、バーバーは彼らにメヘラバードへ行き自分の到着を待つよう指示した。
29日朝にパンチガニーを発ったバーバーは、午後一時にアフマドナガルに到着し、そこで一同とともにアクバル・プレスで休息した。サタ家とダマニア家は久しぶりに再びバーバーに会い、再び彼の御許にいられることを喜んだ。チャンジは同日、より早い時間にボンベイからメヘラバードに到着し、彼らに合流していた。
女性たちがそれぞれ入浴と昼食を済ませた後、バーバーと一行はアフマドナガルを発ち、車でハッピー・バレーへ向かい、その晩六時半に到着した。女性の一行はハッピー・バレーのダーク・バンガローに四日間滞在する予定であった。バーバーに同行した八人の男性たちは、剥き出しの地面に張られた(三人用の)テントで寝なければならなかった。チャンジが記録した通り、ハッピー・バレーでの彼らの時間は、彼らにとって最も「アンハッピーな(不幸な)」時間となった。
メヘル・バーバーの初期の弟子の一人であるブアサヘブは、当時プーナに住んでいた。1940年5月1日、水曜日の夜明け前、彼はオートバイに乗っていて致命的な事故に遭った。彼は自分のトディ農園へ向かう途中であった。脇道から車が一台飛び出してきて彼に衝突し、彼はオートバイの上を越えて投げ出され、路上で脳震盪により即死した。彼は四十八歳であった。
その朝、バーバーはドンと共にクシュルー・クォーターズへやって来た。彼らがメヘラバードへ向かう途中、プーナのアディ・ジュニアから電話を受けたサロシュが、その知らせを携えて駆けつけてきた。ブアサヘブのことを聞いてもバーバーは何の感情も見せず、バンガロールを発つ前に自分が述べたことを彼らに思い起こさせた。
「戦争が終わる前に、私の最も愛する弟子のうちの二人が亡くなります。男性と女性、あるいは二人とも男性となるでしょう。」
