第14章: ブルーバスツアー
1940年· ババ 46歳ページ 2,085 / 5,444
4日、ピラマイと娘のシラがバンガロールのアシュラムに加わるためにカラチから到着した。6日、バンガロールのジャムシェド・D・パテル博士とN・ペストンジ氏がバーバーに会いに来た。彼らとの会話の中で、バーバーはこう言った。
「私は隠遁の中にあり、終始沈黙を守っていますが、今は将来の展開のために内的に非常に忙しく働いています。ほどなく起こる激変を、あなた方は目にすることになるでしょう。戦争は非常に深刻な局面を迎え、計り知れない悲惨と破滅を四方にもたらすでしょう。」
ペストンジが口を挟んだ。「サムナー・ウェルズ氏[米国国務次官]が和平のため交渉しようとしています。あの方が成功することを願いましょう。」
微笑みながら、バーバーは言葉遊びをした。「夏に井戸を掘るようなものです![実りのない事柄を意味する]。そこからは何も得られないでしょう。世界はやがて、かつて見たことも聞いたこともない戦争の苦悶へと突入するでしょう。」
「しかしバーバー、失われる何千もの命はどうなるのですか?」とペストンジが尋ねた。「彼らを救うことはできないのですか?」
「戦争は必要なのです。これらすべての破壊は世界の汚れを取り除き、穢れを浄化し、新たな秩序が確立されるためのものです。
「世界の苦しみのために、私の体には数百万、数千万の穴が空いています。しかし、私の無限の至福と力ゆえに、私はそれに耐えることができるのです。
「あなたの指に化膿した腫物があるとしてみてください。そのために指全体を切り落とすことはありません!指が体の一部であるからこそ、あなたはそれに耐えるのです。同じように、私はすべてを自分のものとみなして苦しみますが、自分自身を滅ぼしたり、すべてを虐殺したりはしません。すべてが私の宇宙的な体の一部であるからこそ、私はそれに耐え、苦しむのです。」
パテルとペストンジはバンガロールでマンダリの親しい友人となり、バーバーが去った後も定期的に訪れた。
ガニは最近プーナへ行ってきていた。3年前、ガニにお金を貸していた金貸しが殺害された状態で発見され、ガニは容疑者となった。ガニは、借金の返済として自分の財産を金貸しの家族に差し出さねばならなかった。しかし1940年3月、その金貸しの息子が予期せずガニの財産の大半を返還した。ガニは6日の夕方にバンガロールへ戻ってきた。財産が戻ったことを祝って、ガニはマスト・アシュラムで皆のために茶会を催した。
バーバーはマンダリにこう告げた。
これは特別な機会です。ガニ博士は、私と接してきたこの22年間ずっと、私にこう言ってきました。「私の霊的な益の前に、私に物質的な益となる何かをしてください!」と。
