第14章: ブルーバスツアー
1939年· ババ 45歳ページ 2,050 / 5,444
私に何を提案できるでしょうか。今度は、あなたが差し出せるものを私に捧げる番ではありませんか。あなたの胸だけでなく、あなたの意志も。あなたの信仰が絶対で、何ものもそれを揺るがせないことを、私は知っています。しかし、あなたのエゴは満足を求め、打ち砕かれることを望みません。これが無私の愛の道を妨げています。あなたの愛しいお方を満足させ、あなたに永遠の幸福を与えるのは、その愛だけです。けれども知っておきなさい、愛しいシャリマール。あなた自身のうち、真実で永続するものは、私であるその部分を除いて何もありません。
神聖なる言葉の明らかな姿こそ、我なり
すべての王者の美しさを映す鏡こそ、我なり
この世に我なくして、自ら存在するものは何もなし
どこを探そうとも、汝は必ずすべてを見いだす
すべては我なり。1
その三日前(十一月十七日)、バーバーは英国のウィルとメアリー・バケットにこのメッセージを送っていた。
「今しているように書き続け、心配しないでください。私はいつもあなた方とともにあり、私自身の群れを常に見守っています。」
一九三九年十一月、バーバーはカカとエルチに、バンガロールへ連れて来る高度なマストを探して南インドを旅するよう指示した。彼らは、メヘル・バーバーが自分たちを遣わしたことを明かすことを除き、マストたちを喜ばせ、一緒に来るようなだめるために必要なことは何でもするよう指示されていた。エルチとカカは、ジャル・ケラワラに伴われて十一月十二日の夜に出発し、十一日間不在だった。モンスーンの季節で、彼らは多くの浸水した地域を通らなければならなかった。彼らはいく人かの高度なマストに接触したが、一人としてバンガロールへ戻るよう説得することはできなかった。
彼らの失敗を見て、またバーバーが述べたように「戦争を始めるか、平和を作るために」、彼は自ら出向いてこれらのマストに接触することに決めた。その間、バーバーは自分の遺言書を口述していた。バンガロールを離れる前、バーバーは十一月二十五日、初めて自分の最終遺言書に署名した。さまざまな男女のマンダリが受益者として名を挙げられ、メヘラバード、マンドラ、そして今やバイラマンガラの財産も、彼の望みどおりに配分された。
翌朝早く、十一月二十六日の日曜日、バーバーは三等車で南インドへ向かい、バンガロールを列車で発った。彼には、エルチ、グスタジ、カカ、ジャル・ケラワラ、そして少年クリシュナが同行した。2バーバーは次の駅で茶を注文させ、愉快な気分でジャルにこう言った。
「私と旅をすることには、喜びと苦労の両方が満ちています。喜びとは、私と同行する特権を持ち、私のサットサンや説明などの益を享受できるという意味です。苦労とは、さまざまなマストを探し出し接触することに関しては、するべき仕事がたくさんあり、私は厳しい監督者であるという意味です。」
脚注
- 1.デリアとミンタへの手紙にあるすべての二行詩はハーフィズによるものである。出典は示されていないが、それらは『ペルシアの偉大な神秘家にして抒情詩人ハーフィズのルバイヤートと頌詩選』(ロンドン・ペルシア協会編、一九二〇年)から取られたものと思われる。
- 2.マーガレットとファルは十月のマイソール旅行に行き損ねていたため、バーバーが不在の間、ペンドゥはブルー・バスで彼女たちと数人のマンダリをマイソールへ短い訪問に連れて行った。
