第13章: ナシクとカンヌ
1938年· ババ 44歳ページ 1,958 / 5,444
二日後、その男はナラヤンに、読み終えたと知らせた。ナラヤンは彼に、バーバーの講話「アバター」を声に出して読ませた。その男が彼にそれを読んで聞かせている間、ナラヤンは子どものような様子で「おお、すばらしい!すばらしい!」と感嘆したものだった。
1938年11月19日、アディ・シニアはバーバー、ノリナ、エリザベス、ノニー、そして数人のマンダリを車に乗せ、アフマドナガルのステーション・ロードにあるガンガダル・シャストリ・グネ博士のアーユルヴェーダ病院の開院式へ連れて行った。その開院はバーバーが執り行った。グルマイはその日、クシュル・クォーターズへ戻った。グネ博士は30日にメヘラバードで再びバーバーに会い、自分のアーユルヴェーダ活動を拡大するための援助を求めた。バーバーは彼に提案書を書くよう告げ、巡回から戻ったらそれを検討すると言った。
1920年代、メヘラバード創設の初期から、アランガオンの村人たちは互いに争いがあると、問題を解決してもらうためバーバーの裁定を求めに来ることがあった。ある時、バーバーは争っているすべての当事者をメヘラバードへ呼び、彼らの言い分を聞き、西洋の女性たちにその「裁判手続き」を見届けるよう招いた。争っていた二つの側はやって来ると、あまりに激しく口論し始めたため、ある時点でバーバーはその一件全体にうんざりしたかのように、立ち上がって去ろうとした。すると彼らはバーバーの決定に従うことに同意し、ついには友好的な関係に戻された。
感謝のしるしとして、数日後の1938年11月26日、アランガオンの村人たちは行列を組んで丘の上のバーバーの墓へ登った。そこではバーバーが彼らを待っており、村人たちは彼を喜ばせるためにバジャンを歌い、踊りを披露した。
同じ日、ヴァルター・メルテンスもチャンジとともにメヘラバードに到着した。彼はメヘラバード・ヒルへ案内され、妻ヘディに会うことを許された。彼はバーバーのラフリ・キャビンに宿泊することになった。
翌日、バーバーとの面会で、ヴァルターは自分の思いを率直に表した。「私は東洋の聖者や僧侶になりたいのではありません。私はヨーロッパ人であり、どこでも、どんな活動の中でも自らを表現できる霊性を信じています。」
バーバーは口述して答えた。「私は東洋と西洋の上に立っています。私はヨギでも聖者でもなく、キリストがそうであったように、ゴッドマン[神人]です。あなたとヘディと私は一つです。あなた方二人の前には大きな務めがあります。あなたはいつも私とともにいました。」
バーバーは、プレダーを案内役として同行させ、ヴァルターとヘディを五日間パンチガニへ送った。彼らは30日に出発し、12月5日に戻った。バーバーの指示に従い、各人はタイガー・バレーにあるバーバーの洞窟で、一人で一晩ずつ過ごした。
