第13章: ナシクとカンヌ
1938年· ババ 44歳ページ 1,914 / 5,444
今、私はあなた方に明確な指示を与えました。これらの命令には、どんな犠牲を払っても従わなければなりません。だから私はあなた方二人に、「それをしますか」と尋ねたのです。そして、あなた方は二人とも約束しました。それから私はあなた方に命令を与えました。今、あなた方はそれに従わなければなりません。あなた方が私と共にいるためにそんな遠くから来たのに、私が戻りなさいと言っている、などと思わないでください。なぜそう考えるのですか。私は確かにあなた方と共に行きます。このことを、あなた方の胸にきわめて明確に留めておきなさい。私は今、あなた方を直接助けるため、あなた方と共にいます。私はまた、それはあなた方の望みに従うだろうとも言いました。しかし事実は、それは私の望みに従っても成るということです!
あなた[デーシュムク]だけでなく、彼女もまた、私の無限で形なき状態を経験しなければなりません。彼女にはあなたと同じほど強烈な憧れがないかもしれませんが、それでもあなた方二人には私との過去のつながりがあり、二人とも私の真の状態を経験しなければなりません。過去に彼女がこの憧れを持っていなかったと、あなたにどうして分かるのですか。彼女はそれを持っていました。私はそれを知っています!このすべてを整えたのは、ほかならぬ私です。今、あなた方は私の指示を文字どおり実行しなければなりません。
バーバーは締めくくった。「瞑想してはいけません。ただ、この憧れを持ちなさい。『私はバーバーの無限の存在と一つになりたいのです!』」
デーシュムクと妻は翌日、一九三八年四月十日日曜日にパンチガニを去った。同じ日、アディ・ジュニアを含む多くの人々がバーバーのダルシャンを受けに来た。アディ・ジュニアはしばらくマンダリと共に滞在した。メモとジャルバイはパンチガニでバーバーと共に滞在しており、十一日にプーナへ戻った。カカとアディ・シニアが十五日に来た。同じ日、サロシュ、パドリ、ラムジュー、ダットゥ・メヘンダルゲも、午前十時から正午まで開かれるメヘル・マンダリ維持信託の理事会に出席するため到着した。ダットゥは元メヘル・アシュラムの学生だった。バーバーの依頼で、サロシュは彼にサロシュ・シネマで働く仕事を与えていた。バーバーは今、ダットゥがパンチガニに残り、自分と共にいてタイプと書簡の仕事を手伝うことを望んだ。後にダットゥはクシュル・クォーターズでアディ・シニアの書記として働いた。
イギリスでは、キティは毎年イースターの日曜日に教会へ行っていた。一九三八年のイースターは四月十七日に当たり、キティはパンチガニの教会で礼拝に出席したいと思った。彼女がラノに話すと、ラノは自分が教会へ行くかどうかは気にしないが、キティが望むなら一緒に行くと言った。その夕方、二人は教会へ歩いて出かけたが、場所を見つけるのに苦労した。ようやく到着すると、教会は空で、二人が中へ足を踏み入れるやいなや、激しい雨が降り始めた。二人は雨がやむのを待って、人気のない教会の中にいた。しばらくして雨はやみ、二人は失望しながらバンガローへ歩いて戻った。
