Chapter 13: Nasik & Cannes
1937年· ババ 43歳ページ 1,858 / 5,444
イレーネはその髪もバーバーのものだと思ってそれまで集めていたが、なぜバーバーが二か所で眠るのか不思議に思った。これが何日も続いた後、彼女は自分がカカの髪の毛を注意深く集めていたことに気づいた。
バーバーに会い、そのそばで二、三日過ごすため、他にも多くのヨーロッパ人がカンヌに来た。一九三七年八月十七日火曜日、アルフレドとコンスエロ・サイズが短期滞在のためパリから到着した。その日、カカはまた、短いながら忘れがたい話をした。彼がほとんど話せない英語であった。彼は集まった人々にこう勧めた:
今、私は東洋と西洋のために全般的な話をしたいです。すべての人のための教訓です。私は私たちの導師の命令について話したいです。導師が命令を出したら、それは従われなければなりません。それが好きかどうかは問題ではありません。議論があってはなりません。導師に従う時、すべての欲望は捨てられなければなりません。なぜなら、ある人は良い食べ物を望み、ある人は良いベッドを望み、ある人は泳ぎに行きたがり、ある人は買い物に行きたがるからです。それなら、導師と共に暮らすことに何の役に立ちますか?休暇に行きなさい!
導師を望むなら、議論せずに導師の言葉を聞かなければなりません。導師がどのように働かれるか、あなた方には決して分かりません。すべての欲望は捨てられなければなりません。導師の命令以外、何も要求してはなりません……だから私はいつもバーバーのサークルの弟子たちにお願いしています。シュリー・メヘル・バーバーに接する時は、すべての欲望を捨て、満足していなければなりません。これが私の最後の講義です。
八月十九日の夜、ヘディとヴァルター・メルテンスが娘アンナカタリーナと共に到着した。1
バーバーは彼らを歓迎し、こう述べた。「ここに三週間留まりなさい。外のことへの思いをすべて追い払い、私の雰囲気を吸い込みなさい。私だけを思い、すべてを私に委ねなさい。私はすべての源だからです。」
翌日、ロジェ・ヴィエイヤールという三十歳のパリジャンがバーバーに会いに来て、海岸沿いのドライブへバーバーを連れ出した。
ヴィエイヤールは芸術家で国際的なテニス・チャンピオンでもあった。近く予定されていた彼の試合の一つについて、バーバーは八月二十二日に彼にこう述べた。「勝っても負けても、それは重要ではありません。あなたは私の愛を得ているのですから!」
彼はアニタ・デ・カロ(彼女も芸術家だった)と結婚したいと望み、バーバーは二人の婚約を承認した。ロジェは導師に献身するようになり、彼とアニタは一年半後に結婚した。
ナーシクの時と違い、バーバーはカンヌで一行に霊的な説明や談話をほとんど与えなかった。ヴィラ・カルダナに住んでいた女性たち、すなわちメヘラ、マニ、ナジャ、コルシェド、スーナマシ、ワル、ノリナ、エリザベス、ラノ、キティは、庭を散歩したり遊戯をしたりして一日を過ごした。キティはマニに速記とタイプを教え、メヘラはピアノを練習し、アンドレ・アロンは東洋の女性たちに洋裁を教え、エリザベスとイレーネは食料品の買い物をした。2
午前十時から正午まで、バーバーは訪問者と面会するためカポ・ディ・モンテへ行った。時にはそこまで歩いて行き、時にはエリザベスが車で送り、イレーネも同乗した。彼は昼食のためヴィラ・カルダナへ戻り、三時にマンダリやさらに多くの訪問者に会うため再びカポ・ディ・モンテへ行き、それから五時半の夕食に戻った。夕方、バーバーは卓球やジェスチャー遊びをし、何度か女性たちを田園地帯のドライブへ連れて行った。
ある日、バーバーはロジェとアルフレドを呼び、ニースへ行って菜食主義者のある英国人を見つけ、カンヌへ連れ戻すよう指示した。
脚注
- 1.一週間後、メルテンス夫妻の養子アレント・フールマンがチューリヒから到着した。
- 2.アンドレは後に、世界で最も有名な靴デザイナーとなったロジェ・ヴィヴィエと短期間結婚していた。
