第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事

1934年· ババ 40歳ページ 1,653 / 5,444

脚注

  1. 1.グレアム・フェルプス・ストークスは、後にバーバーへの献身から離れていった。彼は、師に仕えるというメヘル・バーバーの教えに従うよりも、瞑想やヴェーダーンタや内的体験のほうに関心を持っていた。ストークスはバーバーへの深い敬意を失うことはなかったが、バーバーをアバターとして受け入れることはできなかった。その後彼は、すべてのアバターの一体性について述べた『The Ever-Returning Christ(永遠に帰還するキリスト)』という小冊子を著したが、その中でメヘル・バーバーには言及していない。(この小冊子の序文は、ヴェーダーンタ運動と関わりのあったリシケシのスワーミー・シヴァナンダによって書かれている。ストークスは、同じくヴェーダーンタ派であったボストンのスワーミー・パラマナンダを通じて彼と知り合った可能性がある。)
  2. 2.フレデリック・ケットナーはのちに、自らの「バイオソフィー(Biosophy)」の哲学を広めるために、文化・霊的価値推進研究所(The Institute for the Advancement of Cultural and Spiritual Values)を設立した。その目標の一つは次のとおりである。「宗教的・国家的・人種的・社会的偏見を克服し、民主主義の発展、霊的な個人の成長、そして世界平和のために創造的に働ける、平和を愛する人類の世界的な親交を生み出すこと。」
/ 5,444