第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1934年· ババ 40歳ページ 1,594 / 5,444
ある時、バーバーはデリアに非常に難しい事柄を取り計らうよう手紙を書いた。デリアはこのような電報を送った。「やってみます」。
バーバーは直ちに電報で返した。「やめてください」。
デリアはバーバーが不満を抱いていることに気づき、電報を打った。「最善を尽くします」。
バーバーは喜び、こう返した。「お進めください。私があなたを助けます」。
これらの電報ではごくわずかの言葉しか交わされなかったが、デリアはそこに貴重な教訓が含まれていることを見いだし、生涯にわたってそれを心に留めた。
バーバーはメヘラバードの暑さを離れ、バンガロール近郊のナンディ・ヒルで隠棲することを望んだ。しかしそこへ向かう前の1934年4月14日土曜日、アディ・シニアがポンティアックを運転してバーバーをナシクへ送り、アディ・ジュニア、セーラー、グスタジが同行した。そこでバーバーは、それぞれの家庭の問題に関してフレイニ、ルストム、ナワル・タラティと面会した。
バーバーとマンダリは翌日ボンベイへ発った。バーバーはカカの姉とその夫、バヌバイとマネク・コンフェクショナーのもとに滞在し、マンダリはJ・J病院の向かいにあるバイクラのニルのアパートに滞在した。チャンジは午後2時にバーバーに会った。
ナシクで以前主任技師を務めていたS・ティエブジは、当時ボンベイでハイデラバードのニザムの代理人として働いていた。彼の妻はレディ・ハイデリの姪であった。ティエブジは最近メヘラバードでバーバーに会っており、午後3時30分に妻を連れてバーバーに会いに来た。ティエブジの息子は海外で暮らしており、夫妻は息子の安否を案じ、会いに行くべきかどうか思案していた。
「彼は大丈夫です」とバーバーは二人を安心させた。「あなた方が行かれる必要はありません。私はここにおり、ここからすべてを見、すべてを知っています。ですが、もし行きたいのであれば、早めに行き、すぐにお戻りください。あちらに長くお留まりにならないでください」。
ティエブジの妻は鬱を患っており、バーバーはティエブジに、彼女は一年後には良くなるだろうと内々に伝えた。
その夜、バーバーはアディ・シニアと共にキャピタル・シアターへ映画(『エスキモー』)を観に行った。翌晩、二人はロキシーで別の映画(『タイガー・ベイ』)を観た。(ロキシーの支配人はバーバーとその一行にアイスクリームを差し入れ、映画後の帰り際には見送った。)
ロンドンから戻ったアクバル・ハイデリと夫人は17日の朝にボンベイでバーバーと会った。バーバーがヴィクトリア・ターミナス駅にある彼らの豪華な専用鉄道サロンを訪ねたときのことである。(彼らはバーバーを迎えるために、自分たちのアメリカ製パッカードを差し向けた。)同席していたのは、レディ・ハイデリの姉妹、その姪、そして婿であった。
