第10章: 歌い始めた西洋
1932年· ババ 38歳ページ 1,403 / 5,444
バーバーはこうも説明した。「どれほど機知に富んだ者が自分の流儀を私に押しつけようとしても、私は無限に賢いのです。私はいつも私自身の流儀を貫きます。なぜ私が身近に少年を置きたがると思いますか。彼らは私が活動を行うための媒体なのです。彼らは無垢で純粋なのです。私はある活動には女性を、別の活動には男性を用います。
「罪人も聖者も、私にとっては同じです。それならば、なぜ聖者ばかりが来て、罪人が来てはいけないのでしょうか。ああ、それはなんと退屈なことでしょう!むしろ、罪人たちこそ私のもとに来るより大きな権利を持っているのです。」
一方、メレディスとマーガレット・スターはバーバーと共にアメリカへ行くためにデヴォンシャーから呼び寄せられ、クエンティン・トッドもバーバーから一行に加わるよう依頼を受けた。
キティはバーバーの活動のために少年を一人探し出し、その子は最初の夜をバーバーの部屋で過ごした。しかし翌朝、バーバーは少年が適任ではないと判断し、彼を帰らせた。バーバーは代わりに犬を一匹アメリカへ連れて行くつもりだと言った。その日、1932年5月10日、バーバー、アディ・シニア、デリア、ミンタは犬を見つけにペットショップを訪れた。バーバーはどの犬も気に入らなかったため、店主はフェローシップ・クラブに他の犬を数匹連れて来ると申し出た。店主はそうしたが、法外に高い100ポンドという値段を提示したため、誰も選ばなかった。
そこでバーバーはクエンティンに子犬を買いに行かせ、クエンティンはバーバーの気に入る黒い雑種の子犬を見つけ出した。1バーバーはその子犬をミッコ(キムコにちなんで)と名付けた。バーバーは一晩ミッコを傍に置いた後、デリアに世話するよう託した。(6か月後、ミッコは車に轢かれて死んだ。
しかしそれ以前に、バーバーはデリアにこう書き送っていた。「覚えておいてください、レイラ、誰もミッコのことで心配してはなりません。これはすべて私の活動であり、私の鍵によるものです。」)
バーバーがロンドンに滞在している間、クエンティンはロム・ランドーという33歳のポーランド生まれの英国人作家をフェローシップ・クラブへ連れて来た。ある朝、ランドーはバーバーの部屋へ案内された。バーバーはガウンと室内履きと毛織のスカーフを身につけ、部屋の真ん中の安楽椅子に腰かけていた。
ランドーは45分間のインタビューでいくつもの質問をしたが、バーバーは繰り返しこう答えた。「あなたの質問にはもっと詳しい答えと、より長い議論が必要です。一日か二日のうちに、その答えを書いてお送りしなければならないでしょう。」
脚注
- 1.レイラはバーバーがデリアに付けた愛称であった。
