第9章: 激動の旅
1930年· ババ 36歳ページ 1,173 / 5,444
ありふれたトラック運転手でさえ、自分を手伝ってくれる活発な少年を見つけられます。世俗の人々は、自分たちの目的のために、好みに合う少年を見つけることができます。それなのに、サッドグルは自身の特別な目的のために、たった一人の少年すら見つけられないのです!それでも私たちは、私の置かれた状況と、その状況を生み出している私とマーヤーとの闘いを心に留めておかなければなりません。理由は、私には大切な仕事を成し遂げる必要があり、その仕事はマーヤーの助けによって行われるからです。マーヤーは私の仕事に立ちはだかっていますが、ほかならぬそのマーヤーこそが私の仕事の媒体なのです。
1930年4月から5月にかけて、マンダリは毎日その地域をくまなく探し、少年たちをバーバーのもとへ連れてきていた。しかしそれでもバーバーは、彼らをすぐに、あるいは数日後に帰してしまうのが常だった。バーバーは少年たちと遊び、平易な言葉で話を聞かせていた。バーバーは毎晩、かつてのメヘル・アシュラムの少年たちに霊的な主題を説き聞かせていた。これらの少年たちは折に触れてバーバーのハイキングに同行した。バーバーはパンチガニで他の誰とも会わず、ラオサヘブ・パンディット(カレママの娘婿でバーバーを迎え入れた家主)の家族でさえ、自分に会うことを禁じていた。
ビハリラルという霊的な求道者が前年メヘラバードでバーバーに会っており、バーバーは彼がマンダリと共に滞在することを許した。彼は30日にアフマドナガルへ遣わされ、甥のゴティヤを連れて戻ってきた。バーバーはゴティヤを気に入り、その少年を数日間そばに置いた。
マンダリのうち何人かは、タイガー・バレーの洞窟掘りに最初から携わっており、バーバーに同行してボンベイ、プネー、コールハープルへ巡回に出ていない時はいつも懸命に働いていた。しかし1930年5月8日木曜日からは、作業を促進するため、男子マンダリ全員が手助けに動員された。彼らはセメントを練り、下から発掘現場まで水を運んだ。
ある晩、最後のコンクリートを塗っているとき、突然空に雲が立ち込め、大雨が降りそうな気配となった(降れば、その日のセメント作業は全て台無しになっていたところだった)。バーバーは空を眺めるために小屋から出てきた。間もなく、マサジとカカ・シャハネの間で口論が起きた。彼らの口論が雲を追い払ったかのように、その夜十一時まで雨は降らず、おかげで作業を終え、コンクリートを固めることができた。
9日、新聞の見出しに目を通しながらバーバーは次のように言った。「マハトマ・ガンディーが逮捕されました。ショラプールは暴動の只中にあります。ラングーンではサイクロンによって千人が命を落とし、三万人が家を失い住まいを奪われました。」1
脚注
- 1.ショラプールでヒンドゥー教徒たちが、公道で一人のムスリム男性を生きたまま焼き殺していた。
