第9章: 激動の旅

1929年· ババ 35歳ページ 1,105 / 5,444

脚注

  1. 1.チョータ・バーバーは二度とメヘル・バーバーに会うことはなかった。彼はバンダル・アッバースに居を定めた。一時はアングロ・ペルシア石油会社に勤めたが、スパイ容疑で不当に投獄された。その後、メヘルジが彼をバンダル・アッバースにある自身の事業のマネージャーとして雇った。次いでチョータ・バーバーはイラン版赤十字に相当する組織で27年間ボランティア活動を行った。彼にはその後一切の霊的体験がなかった。数年後、彼はこう振り返っている。「[バーバー]のもとを離れ、バーバーが体験させてくださった内なる意識──道において得たもの──を失いはしましたが、世間での生活のための人格を恩寵として授けられました。商売、事業、地域社会、近所の人、友人、人付き合いなど、世俗的な生活のあらゆる面において、私は正義、真実、誠実の道を選び、他人のように物質的・世俗的なものに執着する気持ちすら持っていません……このような結果を得たのは、メヘル・バーバーが与えてくださった生活と愛のおかげであることを、私は幸せに思っています。」『ラムジューの日記』(スーフィズム・リオリエンテッド: ウォルナットクリーク、1979年)、548頁。
/ 5,444