第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,072 / 5,444
全宇宙は至福で満ち溢れています。実のところ、至福のほかに本当に存在するものは何もありません。しかし、普通の人間にはそれを得ることができず、所有物を手にすることで世から快楽を引き出そうとして、物質的な幸福を追い回します。人は一つの快楽を試したのちに次の快楽を試しますが、すべては消え去り、決して満たされることはありません。一つに飽きてしまうと、また別のものを試します。それも気に入らないとなれば、また別のものを試し、そのようにして続けるのです。永劫の年月にわたり、有限なる存在は生まれ変わりを重ねながら、世から幸福を得ようとして空しい努力を続けてきました。
しかし、この至福はどこで見出されるのでしょうか?幾世代を経てもすべての努力が空しいのなら、人は何をすればよいのでしょうか?いかにして真の至福を見出すことができるでしょうか?ただサッドグルとアバターのみが、この神聖な至福を享受しているのです。もし何かが必要なら、それを持っている人のところへ行かなければなりません。同様に、この至福を手に入れるためには、それを所有し、絶えず体験し享受しておられる方々——悟りを得た完全なる御方々——のところへ行かねばなりません。その御方々のみがそれをあなたに授けることがおできになり、そのためにはその御方々と共に留まらなければなりません。
これら完全なる御方々のサットサン[共にあること]は、至福を得るための最良の媒介であり、また道であります。サッドグルの恩寵により、あなたはこの至福を一瞬にして得ることができます。ですから導師の恩寵は不可欠ですが、あなたはその御方の元に留まり、真心を込めてお仕えすることでそれを得なければなりません。
バーバーはさらに敷衍してこう述べた——
これら悟りを得た方々には二種類あります——サリク、すなわちサッドグルと、マジュブです。両者ともに悟りを得ており、完全な至福を享受していますが、外面においてはこの二つの類の間に大きな違いがあります。マジュブは神を実現していながらも、ぼろをまとうか全くの裸で歩き回り、汚れた環境に留まって、世界や人々のことなど意に介しません。人々の目には、彼らは頭のおかしい乞食のように映るのです。一方、サリクと完全なる導師は、完全に神を実現しているにもかかわらず、普通の人間とまったく同じように振る舞います。彼らは食べ、飲み、眠り、話し、他の普通の人と同じように苦しんでいるかのように見えます。
では、あなたはどうやって彼らを見分けられるのでしょうか?いわゆる聖者と呼ばれる十万人の中に、本物はただ一人しかいないかもしれません。その判別法とは何でしょうか?最良の判別法は、その御方と共に過ごすことです。その御方との結びつきを保ち続けなさい——その御方と共に留まりなさい。そうすればあなたはその御方を知ることができ、たとえ自分なりの限られた仕方であっても、自身の基準で判断し、ある程度まで理解することができるのです。
たとえば、水で満たされた二つのコップがあるとしましょう。
