第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,037 / 5,444
チョコレート色のコートは四日で仕上がり、バーバーはそれをヴィシュヌに預けた。
1929年7月1日月曜日から、バーバーは今後の計画に本格的に注意を向け始めた。バーバーはアシュラムを閉鎖することに言及し、カシミールへ行くことを決めた。アガ・アリ、アリ・アクバル、チョータ・ババも予定された旅程に組み込まれた。メヘラバードに留まることを許されたのはアハメド・カーンとジャムシェドだけで、少年五人はアクバル出版に残され、ほかの若者たちは家へ帰された。こうして少年たちのアシュラムは7月9日から一時的に閉鎖された。
7月の最初の週のうちに、バーバーは来たる旅の細かな段取りを定めた。バーバーはバスで移動することを望み、この旅のために特別なバスを造るようパドリに命じた。7月2日、パドリとチャンジは1トンのシボレー・トラックのシャーシを購入し、その他の手配を行うためボンベイへ向かった。
7月5日、少年ヴァサントがメヘラバードに姿を現した。ヴァサントは両親のもとから逃げ出してジャムケドから歩いてきていたが、バーバーはその日のうちに彼を家へ送り返した。
バーバーに同行する者たちの名が決められ、それぞれに別の任務が割り当てられた。アガ・アリとアリ・アクバルはバスの中でバーバーの席の後ろに座り、ラオサヘブとだけ話すことになっていた。バーバーはマンダリに対し、少年たちを見ることも話しかけることも禁じ、その逆もまた然りと命じた。パドリはバスを運転し、ブアサヘブは旅の物資管理を担当し、ラムジューは道中で旅人やほかの人々との応対を受け持ち、ヴィシュヌはパドリの助手整備士となることになっていた。チャンジは書簡の応対を担当し、チャガンは料理を引き受け、ラオサヘブは少年二人、アガ・アリとアリ・アクバルの世話をすることになっていた。チョータ・ババとグスタジはバスの前部、パドリの隣に座ることになっていた。各自、寝具一式と着替え四着分を携えることになっていた。
ジャルバイ、シドゥ、ダストゥール、カリム、そしてボマンジ一家はメヘラバードに留まるよう命じられた。シドゥは敷地の臨時管理人を務め、ダストゥールはほかの者たちの任務に干渉せずに執筆を続けることになっていた。ペスー、グスタジの兄弟ホミ、そしてホミの甥ダラ・ハンソティア(メヘラバードに戻っていた)はボンベイへ送られた。こうして7月9日までに、出発の準備はすべて整った。
一行は1929年7月10日水曜日、午前4時に車でメヘラバードを発った。その日はバーバーの沈黙四周年であったが、バーバーはそれを特別な日とはしなかった。
