第8章: 活動の終息
1929年· ババ 35歳ページ 1,031 / 5,444
その日の夕方、バーバーはナシクのパンドゥ・レナ洞窟を見に行った。
その場所をとても気に入ったバーバーは、「ここは少年たちの瞑想に最も適しています」とおっしゃった。
バーバーはルストムに、その場所を使う許可を行政官に求めるよう頼んだ。しかしルストムが問い合わせると、その場所は行政官の管轄外であることが分かった。
翌日、バーバーはナシクから少し離れた丘陵にある聖地をさらに二箇所訪れた。一つはジャイナ教の寺院で、信託財団の管理下にあったため、こちらも瞑想目的には使えなかった。もう一つの聖地はラーマ神にゆかりがあり、非常に急な丘の上にあった。伝説によれば、ラーマがこの世に現れたおりにこの地に滞在したという。しかし、そこまで上がる階段がなく、登るのは危険すぎると判断された。
その日の夕方、ルストムはバーバーをガンガプル滝へ案内した。そこでルストムはバーバーに、映画を作りたいという望みを打ち明けた。「映画の構想は長らく私の心の中にございます」とルストムは言った。「ダダサヘブ・パルケ[映画監督]にお会いしましたが、資金面でご支援くださるおつもりです。1私の構想は、映画を通して霊的なテーマを描き出すことです。これは大衆がこれまで一度も触れたことのないものです。またそれは、あなたの教えを世界中に広めるための最良の媒体ともなるでしょう。」バーバーはその考えを気に入り、ルストムが進めることを許した。ルストムは大いに勇気づけられ、マンダリもその計画に胸を躍らせた。
ナシクに二日間滞在した後、バーバーは6月11日に列車でメヘラバードへ戻った。到着するとすぐに、バーバーはアルデシール・イラニがペルシアへ発ったと知らされた。
「私は彼を道に乗せようと考えていましたが」とバーバーがおっしゃった。「彼は発ってしまいました。なんという運命でしょう!彼は道を歩む運命ではなかったのです。」
それからバーバーは新しいプレム・アシュラムにいる四人の少年を訪ねた。ラオサヘブがひどく沈んでいるのを見て、バーバーは理由を尋ねた。ラオサヘブは説明した。「私は少年たちのあなたに対する態度が気に入りません。以前は愛を持っていた少年たちが、今やいたずら好きな悪魔に変わってしまいました!アリ[アクバル]が首謀者で、他の三人を堕落させています。あれほどあなたを愛していた少年たちが、今ではあなたのご命令に従いません。彼らのために尽くされたあなたのご努力をすべて思えば、本当に残念でなりません。」
バーバーはラオサヘブを慰めた。「これは愛の第二の状態です。それで悩まないでください。これはあなたに寛容さを教えるためのものです。愛のこの段階もやがて終わるでしょう。辛抱なさってください。」
脚注
- 1.ナシクに住んでいたダダサヘブ・G・パルケ(1870–1944)は、インド映画産業初期の先駆者であり、「インド映画の父」と称される。バーバーは1925年にメヘラバードでパルケの映画『バスマスール・モヒニ』を観ている。パルケの初期作品のうち他の二本は、ラーマとクリシュナの生涯を描いたものであった。
