第5章: 沈黙の始まり
1925年· ババ 31歳ページ 626 / 5,444
1925年11月22日の日曜日、大群衆が導師のダルシャンを求めてメヘラバードに集まった。既に述べたように、毎週木曜日と日曜日には大規模なダルシャンが行われ、群衆をもてなすために道端に花や茶の屋台が設けられていた。
この日、ラムジュー、ガニ、サダシヴ、サイエド・サヘブが到着した。サイエドは無名のカウワール[カウワーリ歌い手]を一人連れてきていたが、その男はバーバーの前に立つと、歌うことができないと申し立てた。それにもかかわらず、彼は厚かましくも片言の英語で、自分に演奏用として渡された木箱の中のハルモニウム、すなわち「あの箱」をくれるようバーバーに頼んだ。サイエドはこの食わせ者に腹を立てた。バーバーを楽しませるためだけに、報酬を全額支払ってナシクからわざわざメヘラバードまで連れてきたからだ。サイエドは失望をあらわにしたが、バーバーは彼がその男を叱るのを止め、その男に「あの箱」を渡すと約束した。
後にバーバーはマンダリにこう述べた。「石炭の塊を粉にしても、その色は変わりません。同じように、人が善人であれ悪人であれ、その本性は決して変わりません。」
ダルシャンの行事はその晩の8時半に終わった。公共交通の手段がなかったため、人々は荷物を肩に担いで駅へと歩き始めた。例のカウワーリ歌手にハルモニウムが手渡されたが、彼は再び厚かましさを発揮し、それを運ぶ運搬人までバーバーに頼んだ。バーバーはマンダリの二人をつけたが、まず箱からハルモニウムをこっそり抜き取るよう命じた。マンダリは空の箱を持ち上げ、大げさに呻きながら重そうなふりをした。彼らは箱を運んで5マイル歩いて駅まで行き、それを客車の中に積み込んだ。その男が列車に落ち着いてケースを開けたとき、中が空っぽなのを見て仰天した。彼はハルモニウムの「箱」をくれと頼み、まさにそれを手にしたのである!
数日後、バーバーはアフマドナガル出身のサウラームという盲目の歌手にプラサードとして、その高価なハルモニウムを贈った。
11月26日はパドリの誕生日で、バーバーは彼に花輪をかけ、口づけした。翌日、ピャルー・カウワールという有名な歌手が病院の敷地内で公演を行った。バーバーはカウワーリ音楽を愛しており、ピャルー・カウワールは並外れた声を持ち、全身全霊で歌った。マンダリは、これまで聴いた中で最高のカウワーリだと口を揃えて言った。アフマドナガルや他の所からも多くの人が公演を聴きに来た。
