第39章: ドラッグ禁止
1965年· ババ 71歳ページ 5,117 / 5,444
ここ数か月の間、バーバーは首と背中の左肩甲骨周辺に周期的な激しい痛みを感じていた。そこで1965年1月16日土曜日、バーバーはゴヘルとエルチを伴ってブース病院へ車で運ばれ、首と脊椎の新しいエックス線写真が撮られた。アディはいつものように先に行っていた。サウスウェル医師が居合わせ、ゴヘルおよび放射線科医とともにエックス線写真を検討した。
痛みについて、バーバーは弟子たちに「これはただ、私の首にかかる宇宙的苦しみの軛なのです」と仰せになった。
18日、メヘルワン・ジェサワラがメヘラザードでの毎年恒例の滞在のために到着した。その日、ドンはサウスウェル医師に会い、バーバーの容態について話し合った。その後ドンはメヘラザードへ赴き、ゴヘルと話をした。ナリマンへの長い電話が続けてかかり、サウスウェル医師の診断をラム・ギンデ医師に伝えるよう指示された。メヘルジーにも同じ情報が伝えられた。彼らは、バーバーの痛みは強くなっているが、最近のエックス線写真は以前のものと変わらず、原因を突き止めるのは難しいと聞かされた。バーバーが不快だと言われたため、おそらくカラーが体に合っていないのだろうと思われた。ギンデには、もし牽引が必要だとしても、バーバーは24時間ベッドにとどまることはなさらないだろう、と知らされた。なんらかの間欠的な牽引なら代替策になり得るとされた。
そこで1月20日水曜日の早朝、パドリがカラー職人のアナンド・シンデーをメヘラザードへ連れてきた。ドンも一緒に来た。シンデーはカラーに少し手を加え、日曜日にもう一度来てほしいと頼まれた。
1965年1月24日日曜日、ギンデ医師はナリマン、そしてホマ(ナリマンの車を運転していた)とともに、バーバーの診察のためボンベイから到着した。シンデーはバスで到着し、一同はアディ、ドン、パドリとともに午後12時30分にメヘラザードへ向かった。ギンデは、バーバーが毎朝2~3時間、夕方にも再び発泡ゴム製のカラーを使用するよう勧めた。彼はまた、バーバーが首を不必要に動かすのを避け、ベッドで休まれるときは横向きや仰向けになり、薬用軟膏で軽く優しいマッサージを受けるよう勧めた。ギンデはまた、特定のビタミン剤やその他の錠剤も処方した。ギンデ医師らは午後2時にボンベイへ向けて発ち、パドリとドンは午後4時まで残ってからメヘラバードへ戻った。
パドリとドンは折り合いがよくなく、四日後の1月28日木曜日、バーバーは二人の不和を解くために彼らをメヘラザードへ呼んだ。バーバーは二人にそれぞれ個別に会い、その後一緒に会わせ、彼らは喜んで仲直りしてメヘラバードへ戻った。
