第39章: ドラッグ禁止
1964年· ババ 70歳ページ 5,092 / 5,444
この段階の求道者は意識の第六境地にあり、神を、その全き栄光のうちに、面と向かって「見」るのです。この求道者は、神の光輝を意識的に、また絶え間なく、休みなく経験しています。彼は、神の栄光を「見る」というその絶え間なく終わりなき経験が揺らぐかもしれないという恐れをいっさい抱くことなく、それを経験しています。神を面と向かって「見る」というこの最も崇高な経験ですら、唯一の真なる経験――実在なる神との合一――には及びません。
実在なる神との合一を真に渇望する霊的求道者にとって、ヨーガの姿勢や行法の偽りの修行、愛しいお方なる神以外の対象への瞑想、特定の薬物の作用に関する実験、食物の種類をめぐる流行などを避けることは、絶対に不可欠なのです。これらのものは求道者を高めることもなく、幻影の轍から引き出すこともありません。これらの修行から生じた経験は、その「求道者」が用いられた技法によって生み出された作用の軌道から退いたり、はじき出されたりするやいなや消え去ってしまうのです。
「精神を変化させる」薬物を摂取することによって生じる、いわゆる霊的経験はすべて表面的なものであり、実在の影にほかならぬ幻影の欺きに対する人の中毒を著しく増大させるだけです。
これらの薬物が一時的に与えうる「自由」もどきの経験は、実のところ、生死の輪廻からの解脱を目指す求道者の努力において、その首にかけられた重い石臼にほかならないのです!
人の苦しみを和らげる薬があると知ることはよいことであり、特定の疾患に対する特定の薬の知識を持つことはより良いことであり、人体の益のためにその特定の薬を実際に用いることが最も良いことです。
しかし、求道者の進歩を促し、あるいは愛しいお方なる神からの分離の苦しみを和らげうる薬は、ひとつとして存在しません。愛こそが唯一の推進力であり、唯一の癒しなのです。求道者は、自分自身を忘れ、自分の中と他者の中に愛しいお方なる神を見出すまで、その胸のすべてをもって神を愛さなくてはなりません。
あなたが『神は語る (God Speaks)』を学ばれるならば、完全なる導師の恩寵なくして求道者が神を実現することがいかに不可能であるかをご理解になるでしょう。それゆえ、真の霊的求道者にとって、自ら神を実現された完全なる導師にご自身を委ねることは、何よりも重要なことなのです。
アディからのこの手紙と、その後の文通の結果、アラン・コーエンは薬物の使用をやめ、博士号取得に向けての研究を続けた。
