第39章: ドラッグ禁止
1964年· ババ 70歳ページ 5,086 / 5,444
チャールズ・パードムはバーバーの生涯について書いた以前の著作『完全なる導師』を増補し、『神人(ザ・ゴッド・マン)』と題する新しい伝記が1964年にロンドンのジョージ・アレン・アンド・アンウィン社から出版された。彼は8月13日にバーバーへ本を一冊送り、こう書いた。
これをあなたにお送りするにあたり、その不完全さをどれほど痛感していることでしょう。それを書くことは私にとって大きな経験でした。その経験のいくらかでもこの本のページに伝えられていることを願っております。他の本では、自分が学んだことをもう少し多く表現できればと願っております。何を書くべきだったかが今ようやく分かったように思えるのですから!
本が届くと、バーバーは8月22日に電報でパードムに返事をした。「あなたが『神人』の執筆に注がれた愛は、あなたがお送りくださった最初の一冊と共に私のもとに届き、私を大変喜ばせています。」
8月24日、前年のほぼ同じ時期にバーバーに会っていたアフマドナガルのマールワーリー人が、ナシクのチェンガト・マハラジとして知られる人物を含む五、六人をメヘラザードに連れて来た。この自称「導師」はきわめて傲慢で、バーバーの面前で皮肉な笑いさえ浮かべたが、バーバーは気にする様子もなく、むしろ彼と彼の信奉者たちに対して丁重に接した。立ち去る前、そのマールワーリー人とそのグルの地元の世話役であるパンディット博士は、その人物の振る舞いに当惑し、エルチに何度も詫びた。エルチは、バーバーがそのようなサドゥーに何百人も会ってきたのだから気を悪くしなくてよい、と二人に告げた。彼は『ザ・ウェイフェアラーズ(行者たち)』を一冊手に入れるよう勧めた。
1964年8月30日、ヴェンコバ・ラオと妻、そして幼い娘がバーバーのダルシャンを許された。ヴェンコバ・ラオは南インド出身の元夜警員だった。彼は1949年に購入したバイラマンガラの土地の残った小さな部分の処分を相談するため、1月にアフマドナガルへ呼ばれていた。バーバーが許可を与え、その土地は売却されていた。メヘラザードでヴェンコバ・ラオはその売却代金2,500ルピーをバーバーの足元に置き、バーバーは自分の仕事のために1,000ルピーを残し、残りはプラサードとしてヴェンコバ・ラオに返した。
ドンは翌日午後2時にメヘラザードで再びバーバーに会った。バーバーはドンが9月3日にメヘラバードを発って英国へ向かうことを許し、ドンは一週間後にボンベイから飛行機に乗った。1
この頃、メヘラザードに困惑させる訪問者が現れた。ラティ・バリワラはボンベイ出身の精神的に不安定な若い女性で、8月末に約30分間バーバーに会っていた。バーバーは彼女にすぐにボンベイへ戻るよう指示していたが、彼女は聞き入れず、9月1日の午後8時30分頃にまた戻って来た。彼女はメヘラザードに迷い込み、バーバーの休息を妨げた。バーバーは、その女をアロバが付き添って車でアフマドナガルまで連れて行き、ボンベイ行きの次の列車に乗せるようにと伝言を寄こした。
4日には、ゾロアスターの誕生日であるコルダード・サールに合わせてメヘルジーがメヘラザードを訪れ、カイコバードの家族、サロシュ、ヴィルー、そして同じく誕生日を迎えたアディも訪れた。バウはその日、腎結石の疑いでブース病院に入院した。
脚注
- 1.ドンの兄弟は10月に英国で亡くなり、ドンは1964年12月にメヘラバードへ戻った。
