第33章: 1958年西洋サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,392 / 5,444
最後に、「愛する者と愛しいお方」についてのこの談話が読み上げられた:
愛しき主なる神は、すべての中にいます。それでは、愛する者の務めとは何でしょうか?それは、自らを惜しむことなく、愛しいお方を喜ばせることです。自らの幸せを少しも顧みることなく、愛する者は愛しいお方の喜びを求めるべきです。神を愛する者が抱くべき唯一の思いは、愛しいお方を喜ばせることです。
したがって、あなたが自らの幸せについて考えることをやめ、他の人々に幸せを与えるならば、愛しき主なる神はすべての中にいるゆえに、あなたはまさに神を愛する者の役を果たすことになります。
しかし、他の人々に幸せを与えながら、自分自身についての思いがほんの少しでもあるなら、それは愛ではなく情愛です。これは、他の人々を幸せにしながらも、自分のための幸せを求めようとする傾向があります。たとえば、第一に、妻に対する夫の情愛です。夫は妻に幸せを与えたいと思いますが、そうしながら自分自身の幸せについても考えています。第二に、子に対する母の情愛です。この情愛から、母はもっぱら子に幸せを与え、子の幸せを求めることのみによって幸せを得るのです。
バーバーはコメントした。「あなたは個別化された大洋です。」
彼は手にしていた帽子のつばを指して言った:
この帽子をあなた自身として思い描いてください。あなたはこの粗大界を見ます[箱を指して]。そして聖者の助けによって、あなたは後ろへ跳び、精妙界を体験し始めます[箱を帽子の後ろに置き、ノートを指して]。そしてまた、別の聖者の助けによって、あなたは精妙界でも粗大界でもなく、精神界を見るのです。
しかし、完全なる導師は何をするのでしょうか?完全なる導師は、自我を完全に振り向かせ、完全な回転をさせます。すると自我は消えます。自我は去り、神が残ります。
問題は、個別性がどのようにして保たれるかということです。個別性の刻印は残ります。それは「私は神である」と言うために残されているのです。そして「ベリルは神である」と。イエスは言いました。「私は神である」と。この刻印、すなわちしるしが残るのです。それは依然として真の個別性です。
真の自己は内にあることを覚えていてください。完全なる導師によって助けられると、真の自己は取り除かれ、残された刻印こそが本来の個別性なのです。それが私にとって説明できる限り、またあなた方の理解に届かせ得る限りです。真の自己は取り除かれ、真の個別性は刻印として残るのです。
