第32章: 1958年メヘラバード・サハヴァス
1958年· ババ 64歳ページ 4,339 / 5,444
バーバーがボンベイに滞在している間、彼とマンダリは映画館に連れて行かれ、そこでチャブラがサハヴァスのときメヘラバードで撮影した映画を見せられた。映像はかなりよい出来で、バーバーは満足された。アメリカ領事館でビザを受け取った後、バーバーとマンダリは15日にメヘラザードへ戻った。
三日後の3月18日、数名の「新参者たち」がメヘラザードへバーバーに会いにやって来た。彼らがバーバーに紹介された後、バーバーはこのように述べられた:
原則として、紹介というのは互いに見知らぬ者同士の間で必要とされるものです。そのような紹介は、関係する者たちの間に愛のやり取りがあるときには必要不可欠とは感じられません。なぜなら、胸には紹介などいらないからです。全くの他人同士の間でも相互の親和性が生じ、続いて互いに以前から知り合いであったような感覚を生み出す認識感と親しみが湧くことがあります。この感覚は、前世におけるサンスカーラの過去の繋がりに基づいているのです。
誰も私に紹介される必要はありません。なぜなら、私にとって誰一人として見知らぬ者はいないからです。しかしながら、私は大多数の者にとっては見知らぬ者であり、私のもとへ来てそばに留まる者たちもまた、紹介なしにそうするわけではありません。実のところ、彼らは多くの紹介を携えてやって来ているのです——それらはすなわち、前世から彼らと私を結びつけている彼らの過去のサンスカーラなのです。これらすべての「紹介」が、今回彼らから私への紹介となっているのです。
1958年3月19日水曜日、女性マンダリを伴ってバーバーはプーナへ行き、そこでの宿はガネシュキンドのダディ・ケラワラが再び提供した。エルチ、バウ、サヴァクも彼らと合流した。
アンドラのバスカラ・ラージュは美術教師で、前述のとおり、彼と弟は『神は語る (God Speaks)』に関する図表を作成し、メヘラバードでの2月のサハヴァスのときにそれをバーバーの御足元に捧げていた。集会の後、バーバーはその図表をメヘラザードへ持っていかせ、マンダリ・ホールの壁に掛けさせた。その朝、プーナを発つ前にバーバーはエルチに、入念に検討し必要なら修正できるようにと、その図表を持っていくよう指示した。
20日の朝、プーナの愛者たちがガネシュキンドへやって来て、バーバーのためにバジャンを披露した。
ガイマイ・ジェサワラの妹、バヌマシ・ケラワラには、ダディとサムという二人の息子がいた。彼らの従姉妹であるロシャンはアフマドナガルのサタ家の出だった。ロシャンの兄ナヴァルと姉ドゥンは筋ジストロフィーで身体が不自由になっていたが、バーバーはロシャンがその病に苦しむことはないと約束されていた。
