第23章: 燃えるような自由な人生
1953年· ババ 59歳ページ 3,253 / 5,444
結局のところ、これは、神のみが実在であり、その他すべては幻想であるということを意味しています。私たちは皆、この愛しき主なる神の中に永遠に宿っているのです。ですから私たちは皆、一つなのです。
バーバーは次のように述べて締めくくった。「これは私が燃えるような人生において行なう最初の長い談話であり、この説明はどの本にも書かれていないということに、あなた方はお気づきになるでしょう。なぜなら主題が非常に把握しにくいからです。しかしこのような説明を必要とする魂もおり、彼らはそれを感謝して受け取り、自らの益とするのです。」
歌のプログラムは午後5時30分に終わった。
バーバーの心を惹きつけるような振る舞いは、タデパッリグデムにおいて愛の炎を制御できないほど燃え上がらせた。その炎はある者を泣かせ、ある者を微笑ませ、ある者を沈鬱にし、ある者を陽気にし、また別の者を黙らせた。それは人それぞれに異なる現れを見せた——歌う者もいれば、踊る者もおり、何かに熱心に没頭し続ける者もいれば、ぼんやりとした者もいた。しかし、彼の神聖な愛がさまざまな形で現れても、その陶酔はすべての者にとって同じであった。数千人があたかも至福の大洋に溺れたかのように感じ、数日間その陶酔の状態にとどまった。
路上の子どもたちまでが「ナモ・メヘル・バーバー、アバター、ナモ・デヴ・デーヴァ!」と繰り返し唱えるのに夢中であった。その熱狂的な光景を完全かつ正確に描写することは、いかなる筆をもってしても不可能である。それを描写できるのは大洋の言葉のみであり、その言葉には言葉がない。アーンドラが火を通してこの天上の甘露を飲み、祝福を受けたとだけ言っておこう。
1953年1月21日水曜日の午前7時、バーバーと一行は自動車とバスで出発した。タデパッリグデムの涙が彼の別れを見送った。バーバーは30分後にペンタパドゥに到着し、そこで約5,000人によって熱狂的に出迎えられた。I. ガンガダラムと一人のアーチャーリヤ(ヒンドゥー教の司祭)が歓迎の挨拶を述べ、いくつかの歌が歌われた。バーバーはバナナとグアバのプラサードに触れ、そこの働き手たちがそれを人々の間に配るようにと言った。8時に、そこに集まった学生たちにメッセージを与えた後、バーバーはピッパラに向かった。
ラオ博士、クトゥンバ・サストリ、マッリカルジュナ・ラオ、その他数人は、タデパッリグデムでバーバーに合流していた。各場所でクトゥンバ・サストリがバーバーのメッセージをテルグ語に訳した。
バーバーは午前8時30分頃ピッパラに到着し、そこの公立高校で行事が催された。学生たちを含めて5,000人以上が出席していた。
「神が神に平伏する」というメッセージが群衆に向けて読み上げられた後、バーバーは述べた。
今日あなた方すべての方々の中にいられて、私はとても嬉しく感じております。
