第23章: 燃えるような自由な人生
1953年· ババ 59歳ページ 3,250 / 5,444
1953年1月19日月曜日、ダナパティの邸宅の向かいに巨大なパビリオンが建てられた場所で、午前8時30分に大規模なダルシャン・プログラムが開かれた。バーバーが平伏することについての慣例的なメッセージと、燃えるような人生についての説明が読み上げられた。次いでメヘル委員会、地元弁護士会、ガンディー・セヴァ団体から、彼らの町に来られたバーバーを歓迎する感動的な演説が行なわれた。「霊的自由」についてのバーバーのメッセージはダケによって読み上げられ、クトゥンバ・サストリによってテルグ語に訳された。そしてダルシャンが始まった。午後1時まで、バーバーはおよそ1万人の男女にダルシャンを与え、プラサードを手渡した。それは午後2時半に再開され、その晩遅くまで延々と続けられた。その日、約2万人がバーバーに触れていただく幸運に恵まれた。バスカラ・ラージュが行事の間ずっとバジャンを歌い続け、その合間にバーバーが幾つかの説明やメッセージを伝えた。
翌朝、バーバーはタデパッリグーデムの愛する者たちの家を訪問された。1どの家でもガデカルがマラーティー語でアールティを行なった。バンシラルの家では、彼の妻がバーバーに息子を授けてくださるよう懇願した。スーリャチャンドラの家では、その夫妻が時代のアバターを迎えるため、古代のヴェーダの詠唱の手筈を整えていた。
バーバーは昼食のためにダナパティの家へ赴いた。ダナパティの幼い孫娘たちがバーバーのために踊り、バーバーは彼女たちに口づけし、共に遊んだ。
ポンディシェリから来た55歳のシュッダーナンダ・バーラティというヨーギーが、バーバーのダルシャンのためにダナパティの家を訪れた。それより何年も前、バーラティはサイ・ババに会ったことがあり、サイ・ババは彼に飴を与えながらこう言った。「お前の愛しいお方が、ほどなくお前を所有することになる。沈黙を保ち、自己に中心を置きなさい。最も甘き御方〔神〕と結ばれた胸は、甘し〔祝されし者〕。」
ウパスニ・マハラジはかつてシュッダーナンドにこう告げていた。「あなたの人生の愛しいお方が、いつの日かあなたを抱きしめることになるでしょう。」また、フブリのある高位の聖者は「あなたは沈黙の導師に出会うであろう」と語っていた。今、ラマナ・マハルシやオーロビンドのような他の霊的に開明された存在たちと会った後、彼はついにメヘル・バーバーと相見え、即座に彼を「聖者の中の聖者、マハートマの中のマハートマ、わが長き巡礼の目的地」として認めた。
バーバーは彼をたいへん優しく迎え、シュッダーナンド・バーラティはバーバーの足元に頭を垂れた。バーバーは彼に「内なる謙遜は強さ、外なる謙遜は弱さ」と題するメッセージを与えた。
幼い少女たちがバーバーの前で踊っているとき、彼はこう述べた。「私が初めて歌った『歌』、私が初めて踊った『踊り』が、私を永遠に縛っています。最善を尽くしているのですが、私は自らを解放することができないのです。
脚注
- 1.訪問先には、バピラージュ・タタヴァルティ、ボムミレッディ・ラマリンゲシュワラ・ラオ、V・ラムダース博士、J・ヴェンカテシュワラ・ラオ、コカ・チェラパティ・ラオ、マンチャラ・ヴェンカンナ、セート・バンシラル、P・スーリャチャンドラ・ラオの邸宅、およびサイ・ババとウパスニ・マハラジのマンダル(集団)があった。
