第21章: マノナッシュ
1951年· ババ 57歳ページ 2,966 / 5,444
マストたちが暮らしている村や町では、バーバーはしばしばアディ・シニアに車をしばらく停めさせ、車に近づいてきた貧しい男たち、女たち、子供たちにルピー硬貨を手渡した。マハーバレーシュワルに到着するさい、彼は道端の困窮した二人の女に60ルピーを渡すために車を停めさせた。
マハーバレーシュワルからハイデラバードへ往復する自動車旅行は、バーバーが旅の間に幾度も口にしたとおり「この上なく満足のいくもの」だった。新生活が始まって以来、バーバーがこの旅の間ほど幸せそうで心軽やかに見えたことはなかった。彼が言ったように、それは新生活のなかで「最も幸せな時期」であった。マスト接触が成功裏に、しかも好都合に運んだからである。
戻ったあとバーバーはさらなるマスト作業の計画を立て、新たなマストを探すためバイドゥルが先発でボンベイへ送られた。バーバー自身はバイドゥルが発ってから五日後の1951年1月29日月曜日の朝、マハーバレーシュワルを発った。エルチ、ペンドゥ、グスタジが彼に同行した。途中、マハーバレーシュワルとプーナの間でバーバーは車を停めさせ、シヴァプル村のマスト一人と接触した。
もう一度の停車は前もって計画されたもので、プーナでなされた。そこにバーバーは旧生活の弟子数名を呼び寄せていた。カラチのピラマイと娘のシラはバーバーへの深い愛を抱いていた。1947年まで、彼女とシラはメヘラバードに滞在していた。その後、二人はカラチへ戻り、のちにラホールに落ち着いた。新生活に入る前、バーバーはピラマイの生活費として2,000ルピーを取り分けてあったが、彼女はそれを受け取ろうとしなかった。
ピラマイが愛のためにその金を断ったので、バーバーはこの金額を愛の名のもとに自らの旧生活のなかでふさわしい七人に分け与えることに決め、こうおっしゃった。「慈善は家庭から始まります。」
メヘラバードのシドゥ、アフマドナガルのバギラート、そしてアラングァオンのバウ・チーマ、シャンカル、チャブ、タリヤ、ビンバーイーがプーナへ呼ばれた。彼らはトゥベの平屋(バーバーが1949年に滞在した場所)の近く、アラヤネーシュワル・マンディル(寺院)の近くの一角でバーバーと会った。アディ・シニアが彼らを連れて来て、パドリとワマンも彼に同行した。ビンバーイーとタリヤは病気で来ることができなかったので、バーバーはシドゥを彼らの代理として用いた。シドゥの足を洗い、その上に頭を置いたあと、バーバーは彼にタリヤの分として400ルピー、ビンバーイーの分として300ルピー、モハメッド・マストの分として300ルピーを渡した。
バーバーはまた、それぞれの足を洗い、彼らに頭を下げたうえで、バギラートに500ルピー、チャブに200ルピー、バウ・チーマに100ルピー、シャンカルに200ルピーを手渡した。
