第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事

1934年· ババ 40歳ページ 1,649 / 5,444

脚注

  1. 1.マイロ・シャタックはメレディス・スターとの親密な関係を保ち、1934年にデヴォンの修養所に戻って6か月を過ごした。のちに造園家・ソーシャルワーカーとなった。それ以降、メヘル・バーバーとの接触は記録に残っていない。 マイロの師トマス・ワトソンも同様にバーバーから離れていった。1933年5月、ワトソンはメレディスにこう書いている。「バーバーに対するあなたの態度の変化は非常に興味深い。ほとんど最初から私もそうだったからです。イースト・チャラコムで初めて会ったときには三日ほど深い感銘を受けましたが、その後は引きつけられる気持ちよりも反発のほうが強くなっていきました。あなたには何も言いませんでした。彼に対する自分の感情を、自分自身の霊的洞察の欠如のせいだと思っていたからです。ボストンで[1931年に]再び会ったときには、引きつけられる気持ちはすべて消えていました。何かが違うと感じたのです。」(マズール『博物学のロマンス』278頁。) メアリー・アンティンもまた、マサチューセッツ州西部のグールド・ファームズにいるキリスト教志向の共同体の友人たちのもとへ戻り、人智学に慰めを求めた。娘のジョセフィンは生涯の弟子であり続け、1937年6月にマーガレット・スターの兄弟ケネス・ロスと結婚した。ジョセフィン・ロスの詩集『現代の弟子の歌』はメヘル・バーバーに捧げられている。以下は、ジョセフィンが母のために人智学について書いた詩である。 心(マインド)を、そっと、そっと扱いなさい、/最も高き真理を見出したいと願うならば。/美のすべてはあなたの魂の内に宿るのです、/心はついにあの神秘の山に/登り始めることすらできません。/気をつけなさい、心があなたを/幻想の中に縛りつけることのないように。/知りなさい、あなたの内に住まう/あの愛しいお方は、/心を超えた最も高き真我を/見出す者にしか見えないのだということを。
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