第12章: 映画プロジェクトとインドでの仕事
1934年· ババ 40歳ページ 1,602 / 5,444
それでも世界中の反対の只中にあって、彼の仕事は外的にさえも成し遂げられたのです。
最近のラーマクリシュナの場合を考えてみてください。彼の時代はイエスやバーバーのようなアバターの時代ではありませんでしたが、それでも彼は完全なる導師であり、その働きは宇宙的でした。しかし彼の外的な仕事は弟子たちの助けによって成し遂げられたのであり、その中で物質的に裕福だった者はごく僅かであり、残りは絶望的に困窮していました。
私について言えば、反対が大きいほど、私の仕事に向かう力もまた大きくなります。障害が多いほど、楽しみも増します!
バーバーと一行は一九三四年四月三十日月曜日午前八時にケンゲリを出発した。バーバー、チャンジ、ラクシュミーはアイヤンガルの車に乗り、他のマンダリはタクシーで行った。牛車を追い越そうとした際、アイヤンガルの車は牛の群れに突っ込んだ。数頭の牛が衝突され、子牛一頭が車に踏まれた。
ラクシュミーが事故でひどく動揺しているのを見て、バーバーは彼女を慰めた。「大丈夫です。あの子牛は私を乗せた車に踏まれたのですから、むしろ幸運です。怖がったり悲しんだりしないでください。」
その後、子牛は怪我をしていないことが分かり、皆が驚いたことに、立ち上がって走り去った。ラクシュミーは大変喜んだ。
バーバーはまず、孫の一人ヴァスマティーが病気で寝込んでいるアイヤンガルの家へ連れて行ってほしいと頼んだ。バーバーは慈愛を込めて彼女の顔を手で撫で、他の者たちに治療について指示した。それから一行はモダン・ロッジへ向かったが、建物に入るやいなや、支配人がバーバーに気付いて拝礼した。バーバーが最も避けたいと願っていたことが起きてしまったが、それでも彼はそこに二日間滞在した。
バーバーの指示に従って、プリーダーはパンチガニ洞窟とアブ山の洞窟で一定期間隠遁し、その後ヒマラヤのベナレスとリシケシュへ巡礼に出ていた。彼はまた沈黙を守るようにと指示されていた。
一九三四年四月、バーバーが隠遁の中で働いている間、プリーダーはリシケシュにいて、ケシュワーナンドジ・マハラジという高度な魂のもとに留まり奉仕の助けをしていた。バーバーは実際にケシュワーナンドジと物理的に会うことはなかったが、その人物が真の聖者であることをプリーダーに確認してやった。
ケシュワーナンドジは冬であっても、腰布一枚を除いてはどんな天候でも完全に裸であった。彼はガンジス川の岸辺に小さな木の台を造り、その上に立ち、片手に竹の杖を持って一日中太陽を見つめていた。
