第1章: 涙を流す時代
ハズラト・ババジャン
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幾百万もの博識なパンディット [学僧] と幾千もの賢者がいても、
ただ神のみがご自身の働き方を知っておられます。
おお神よ、あなたの創造は驚くべきものです。あなたの御遊戯は驚くべきものです。
あなたはトガリネズミの頭にもジャスミン油を注がれました。
ときおりババジャンはさまざまな聖者や師について語り、とりわけタージュッディン・ババのことを、王国の冠を意味するタージ [冠] と呼んで最大の敬意を示した。「タージは私のハリーファ [後継者、最高の統治者] です」と彼女は言った。「タージが与えるものは、私から受けているのです。」
1925年8月17日の真夜中、ババジャンは突然、「私の哀れなファキール [遊行の修行者] タージが行ってしまいました」と叫んだ。誰にも彼女の意味するところは分からなかったが、翌朝、新聞にナグプルでタージュッディン・ババが亡くなったという記事が載ると、人々は彼女の言葉の意味を悟った。1
ババジャンはほぼ二十六年間、絶えずプーナの街路に住み、その間に何千もの胸が彼女の一瞥の矢によって傷つけられた。毎日、彼女の炎のまわりを蛾たちが舞っては焼かれ、1914年1月、その炎は時代の光に口づけし、若きメルワン・イラニのヴェールを取り払った。ババジャンはこの至高の使命のために、はるか以前にパンジャーブからプーナへ来ていたのである。目に涙をたたえ、彼女は「いつの日か私の息子がやって来ます……あの子は世界を揺り動かします」と口にした。誰も彼女が何を意味しているのか見当がつかなかった。
ニームの木の下の彼女の座は、メルワンの家からほんの数本の通りを隔てたところにあった。彼女はしばしば彼が通り過ぎるのを見たが、彼を抱きしめるまでには何年も待った。人々が彼女の泣くのを見て理由を尋ねると、彼女は「私は私の息子への愛のために泣いているのです」と答えた。この言葉は驚くべきものだった。あの老いたファキールが子を産んだなどとは、とても考えられなかったからである。時代はまもなく二人の再会を目撃することになる。
1931年9月18日、ババジャンの指の一本がサスーン病院で手術されたが、その後、彼女は回復しているようには見えなかった。三日後の9月21日午後4時27分、ババジャンの愛しい息子が遠い異国の地でその葡萄酒の光線を広めていたとき、ハズラト・ババジャンはその神聖な使命を完了し、この粗大界を去った。
ババジャンが肉体をもって地上にとどまった期間は、130年から141年の間であったと考えられている。あの太古の女性が亡くなったと知った時、人々は言葉を失った。涙はプーナ中にあふれ、まるで雲が彼女の経帷子となったかのように、街には憂いが垂れこめた。
脚注
- 1.ババジャンとタージュッディン・ババが実際に会ったことがあるかどうかは分かっていない。
