第10章: 歌い始めた西洋
1931年· ババ 37歳ページ 1,333 / 5,444
ハーモン・リトリートは、メヘル・バーバーがアメリカ合衆国で最初に滞在した場所であるという特別な意義を持つ。また、メヘル・バーバーが実際にかなり長い期間を過ごした、アメリカでも数少ない場所の一つである。後の世代は、間違いなくこの歴史的で聖なる場所を保存し、敬うことを望むだろう。
マルコムは多くの友人や知人にこう書き送った。
この一か月ほど、私は実にしばしばあなたのことを思っていた。というのも、その間に、ジーンと私、そしてそれを分かち合うことのできた友人たちのもとへ、私たちの生涯で最も深遠な体験が訪れたからである。それは、私たちがすべての友人と分かち合いたいと願ってきた体験であり、私たち自身の生の表現を通してその恩寵と美を伝えられる限り、これからも分かち合っていくものだ……ご存じのように、こうしたことを言葉にするのは難しい。それでも、私たち自身の輝きによって他の人々に伝えられるものを別にすれば、私たちが体験したことを分かち合うために今持っている唯一の方法はこれである。
シュリー・メヘル・バーバーについて、また彼と私たちとの関係について、いくつかお話ししよう。ただその関係を通して私たちにもたらされた美をあなたと分かち合うためである。そしてあなたは深い理解を持つ人だから、言葉そのものが伝える以上のものを、きっとはるかに多く読み取ることができると私は知っている。
一連の出来事を通して、それは見たところ昨春に始まり、その性質からして奇跡としか言いようのないものだったが、ジーンと私は一か月の間、シュリー・サッドグル・メヘル・バーバーをお迎えする主人役となった。彼は東洋全域で完全なる導師として知られ、東洋でも西洋でも多くの人々から、新しい摂理のアバターと仰がれている……
シュリー・メヘル・バーバーがハーモンの家に足を踏み入れた瞬間から、彼からは神聖としか呼びようのない愛が絶えず流れ出し、美しい伝染のように私たちと彼が接触したすべての人に広がっていった。[それは]非凡で、言い表しようのない、神聖な愛であり、それに触れるすべてのものの本質そのものにまで浸透し、それを自らの美しい似姿へと変える。それは、すべての光と生命の源である中心の炎のようである。
彼と共に暮らした私たちは、初期キリスト教徒の愛餐がどのようなものだったに違いないかを、それまでまったく理解したことのない仕方で理解し始めた。
