皆からスナマシと呼ばれたスナ・イラニは、1884年4月3日に生まれた。両親はイランのケルマンの出身で、姉はグルマイ・イラニ、兄弟にミノチェルショー医師がいた。彼女はカイクシュル・マサとして知られるボンベイのゾロアスター教徒の宝石商カイクシュル・ベヘラム・イラニと結婚し、一人娘コルシェドが1910年に生まれた。マサは早くからサコリのウパスニ・マハラジのもとに通っており、1919年8月、スナマシは2週間姉グルマイを説得して、ついにサコリへ行かせた。これがグルマイの一家全体をメヘル・バーバーへと導くことになった。
1922年5月、サコリでバーバーはスナマシに、場所を整えたら来て共に暮らすかと尋ね、彼女は手を差し出して約束した。同年ボンベイで、バーバーは予告なく一家の台所に入って来て、一日のいつでも自分のもとに来てよいと告げた。1923年、アフマドナガルに留まるよう命じられた彼女は、ボンベイのマサが重体だという電報が三度届いても動かなかった。バーバーは、もし命令を破っていればマサは死んでいただろう、従ったことで彼を救ったのだと語った。
1924年からバーバーはメヘラをボンベイのスナマシ一家と共に住まわせ、1925年からスナマシはメヘラバード、のちにはトカやナーシクで、女性マンダリと共に隔離された住まいで暮らした。いつもメヘラのそばにいるかとバーバーに問われると、彼女は即座に承諾した。1929年に親族に捕らえられて財産の譲渡を強いられたマサは、健康を損なってナーシクに戻り、1931年1月18日、バーバーが傍らで見守る中そこで亡くなった。
1930年代、スナマシは女性アシュラムの管理者を務めたが、市場での会計の間違いが絶えず、ほかの女性たちの大きな笑いの種となった。また長年、女性たちの住まいの門番を務めた。1937年にはバーバーと共にカンヌへ赴き、ブルーバスツアーにも女性たちと同行した。バーバーは彼女を「床屋」(インドでは野蛮な者を意味する侮辱)と呼んでからかい、映画『白雪姫』の小人にちなんで「スニージー」というあだ名を付け、彼女を「天国の門番」と呼んだ。
1949年に新生活が始まると、バーバーはスナマシとコルシェドをボンベイに住まわせ、彼女は生涯そこに留まり、許されるたびにバーバーを訪ねた。離れて暮らすことを嘆く彼女に、バーバーは1957年、遠くに置くことでかえって近くに置いているのだと告げた。バーバーは、臨終の時に自分を思い出せるよう、常に自分の名を唱えるよう彼女に言い聞かせており、晩年の彼女の唇は休みなくその名を繰り返した。彼女は1973年4月3日、自らの誕生日に、ボンベイの住まいで真夜中に「メヘル・バーバー!」と叫んで息を引き取った。